ep 54
『鬼神と月兎』 第二十二章:帰り道、重ねる想い
カナン村を後にして半日が過ぎた。一行はシルバリアへと続く街道を黙々と歩いていた。オークや大型魔獣との遭遇もなく、道中は比較的平穏だったが、パーティー内の空気は出発時と変わらず、どこか重く、静かだった。
先頭を歩く鬼神 龍魔呂は、いつも以上に寡黙だった。その背中からは、周囲を拒絶するような、近寄りがたい雰囲気が漂っている。昨夜、ダイチから向けられた真っ直ぐな言葉――「たつまろさんも助けたい」――が、彼の心の奥底で未だに波紋を広げているのかもしれない。彼は意図的に仲間たち、特にダイチとは距離を置いているようにも見えた。
ダイチは、そんな鬼神 龍魔呂の背中を、時折不安げに見つめていた。昨夜、勇気を出して伝えた自分の言葉が、彼を怒らせてしまったのではないか、傷つけてしまったのではないか…。話しかけたい気持ちはあるけれど、今の彼に何と言えばいいのか分からず、ただ黙って後をついていくしかなかった。足元では、シルヴァとノクスが主人の気持ちを察しているのか、心配そうにダイチに寄り添っている。
「(小声で)ねぇ、ユイちゃん」
少し後ろを歩いていたダイヤが、隣のユイに囁きかけた。
「やっぱり昨日の夜、何かあったんでしょ? あの二人、妙にギクシャクしてるじゃない」
「(小声で)え、ええ…ダイチ様が、龍魔呂様に、その…ご自身の想いをお伝えしたようでして…」
ユイは少し困ったように説明する。
「ふーん、『助けたい』ってやつね。で、ミスター鬼神はどうだったのよ?」
「『くだらん、寝ろ』とだけ…。でも、わたくしの耳には、その声がとても…動揺されているように聞こえました。きっと、ダイチ様の言葉が心に響いたのだと思います」
「なるほどねぇ…」ダイヤはニヤリと笑う。「あの鉄面皮を動揺させるとは、ボウヤもなかなかやるじゃない。ま、あの捻くれた性格じゃ、素直に受け止められるわけないでしょうけど。面白いことになってきたわね」
彼女はどこか楽しそうに、鬼神 龍魔呂とダイチの様子を観察している。
そんな重苦しいとも、ぎこちないとも言える空気が続いていた時だった。
道端の草むらで、バサバサと苦しそうな羽音が聞こえた。ダイチが駆け寄ると、そこには翼を怪我して飛べなくなったらしい、小鳥が一羽、必死にもがいていた。
「あ! 鳥さんが怪我してる!」
「まあ、かわいそうに…」ユイも駆け寄る。「わたくしが見てあげましょう」
ダイチはそっと小鳥を保護しようとするが、小鳥は人間を警戒して激しく暴れ、なかなか捕まえられない。
「…貸せ」
不意に、低い声がした。いつの間にか、鬼神 龍魔呂がダイチの隣に屈み込んでいた。彼は驚くほど優しい手つきで、暴れる小鳥をそっと受け取ると、その小さな身体を傷つけないように注意しながら、怪我をした翼の付け根あたりを指で軽く圧迫した。すると、あれほど暴れていた小鳥の動きがぴたりと止まり、不思議とおとなしくなった。まるで、彼の手に安心感を覚えたかのように。
「……これでしばらくは動かん。早く手当てしてやれ」
鬼神 龍魔呂はそれだけ言うと、小鳥をダイチの手にそっと戻し、再び立ち上がって前を向いた。その一連の動きはあまりにも自然で、手際が良かった。
「う、うん! ありがとう、たつまろさん!」
ダイチは驚きながらも、急いでユイの元へ小鳥を運んだ。ユイも「龍魔呂様、ありがとうございます」と礼を言い、すぐに治療を始める。
「……今の…」ダイヤは、鬼神 龍魔呂の意外な行動と知識(?)に目を丸くしていた。「あの男、ただの脳筋じゃなかったのね…」
鬼神 龍魔呂は、仲間たちの視線を感じながらも、相変わらず無表情を装い、街道の先を見据えていた。しかし、その横顔は、ほんの少しだけ、本当にごくわずかだが、和らいで見えたような気もした。ダイチの真っ直ぐな言葉、そして目の前の小さな命。それらが、彼の頑なな心を、ほんの少しずつ溶かし始めているのかもしれない。
小鳥の応急処置を終え(近くの安全な茂みにそっと放してやり)、一行は再びシルバリアを目指して歩き始めた。先ほどの小さな出来事がきっかけとなったのか、鬼神 龍魔呂とダイチの間のぎこちなさは、以前より少しだけ和らいだように見えた。ダイチも、彼が自分を完全に拒絶しているわけではないと感じ、安堵の表情を浮かべている。
目指す大都市シルバリアの城壁は、もう地平線の向こうに見え始めていた。




