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鬼神と月兎  作者: 月神世一


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51/63

ep 51

『鬼神と月兎』 第二十章:カナン村の夜、重ねる時間

カナン村を包む空が深い藍色に染まり、家々の窓に温かいランプの灯りがともる頃、ユイはようやく鬼神 龍魔呂の服の洗濯を終えた。薬草の知識を活かして染み付いた血糊や泥汚れを丁寧に落とし、清められた黒い外套と上着を、宿の中庭に張られたロープに手際よく干していく。

「……終わったのか」

ふと、低い声がすぐ近くで聞こえ、ユイは驚いて振り返った。いつの間にか、鬼神 龍魔呂が柱に寄りかかり、彼女の作業を静かに見つめていたのだ。その表情は夜の闇とランプの灯りの中ではっきりとは見えないが、昼間の張り詰めた空気は消えているようだった。

「は、はい! 龍魔呂様。綺麗になりました。風もありますし、明日の朝にはきっと乾いていると思います」

ユイは少し緊張しながらも、報告するように言った。

「……そうか」

彼は短く応えると、視線をユイに向けた。そして、思いがけない言葉を口にする。

「……お前の方こそ、疲れただろう。昼間はずっと、怪我人の治療に追われていたと聞いたぞ」

それは、彼が他人を気遣うなど、ユイが彼と出会ってから初めてのことだったかもしれない。あまりにも意外な言葉に、ユイは目を丸くし、それから慌てて首を横に振った。

「い、いえ! わたくしは大丈夫です! これくらい、仲間として当然のことですから!」

彼女は、昼間自分が口にした「仲間」という言葉を、少しだけ強調して繰り返した。

「それよりも、龍魔呂様こそ、本当に…その、お怪我などは…?」

「…しつこいぞ。問題ないと、何度言わせる」

鬼神 龍魔呂はぶっきらぼうに答え、ふいと視線を逸らした。しかし、その声には以前のような刺々しさはなく、むしろ、どこか照れているような響きさえ感じられたのは、ユイの気のせいだろうか。

そこへ、「ユイさーん! ダイヤさーん! ご飯の準備、手伝ってー!」と、ダイチの元気な声が中庭に響いた。彼は既に、宿の厨房から借りてきたらしい大きな鍋や野菜の入った籠を運んできて、夕食の準備を始めていた。シルヴァとノクスも、ダイチの足元で何か手伝えることはないかと(あるいは、味見をしようと)うろちょろしている。

「あらあら、もう始めてたのね。はいはい、今行くわよ!」

部屋からダイヤも顔を出し、ユイも「はい、今行きます!」と返事をして、鬼神 龍魔呂に軽く一礼すると、ダイチたちの元へと駆け寄った。

鬼神 龍魔呂は、一人残された中庭で、しばし遠ざかっていく仲間たちの背中を見つめていた。そして、もう一度だけ、風にはためく自分の洗濯された服に視線を送ると、静かに踵を返し、彼もまた食事が準備されているであろう部屋へと向かった。

その夜の夕食は、ダイチが指揮を執り、ユイが薬草で風味付けをし、ダイヤが(主に力仕事や火の番を担当して)手伝って作られた「ダイチ特製・森の恵みシチュー」だった。カナン村で手に入った新鮮な野菜と、保存食の干し肉、そしてユイが摘んできた香りの良いハーブがたっぷり入っている。

驚くべきことに、鬼神 龍魔呂も、いつものように部屋の隅で孤立するのではなく、皆と同じテーブルについていた。

「うん! やっぱりダイチの作るシチューは最高ね!」

ダイヤは大きなスプーンで豪快に食べながら絶賛する。

「本当においしいです、ダイチ様。体が温まりますね」

ユイも優しく微笑む。

「もっとちょうだい!」「…おかわり」シルヴァとノクスも、それぞれの器を差し出して催促している。

「へへ、よかった!」ダイチは皆に褒められて、満面の笑みだ。

「ところで、ミスター鬼神はどうなのよ? まさか、これだけ美味いシチューに文句はないでしょうね?」

ダイヤが、隣で黙々と食べる鬼神 龍魔呂に話を振る。彼は一瞬、ダイヤを睨んだが、やがて、空になった自分の器を、無言でダイチの前にすっと差し出した。それが何よりの答えだった。ダイチは「やった!」と喜び、すぐにシチューをよそってやる。

食卓には、昼間の戦闘の緊張感はもうなかった。今日の出来事を振り返ったり、明日の予定を軽く話したりしながら、和やかな会話が続く。ダイヤが鬼神 龍魔呂の昼間の子供への対応をからかい、彼が苦虫を噛み潰したような顔をする場面もあったが、以前のような険悪な雰囲気にはならない。

鬼神 龍魔呂は、ほとんど口を開くことはなかったが、仲間たちの他愛のない会話に静かに耳を傾け、ダイチの作った(そして仲間たちが手伝った)温かいシチューを、黙々と、しかしどこか満足そうに食べ続けていた。

カナン村の穏やかな夜。それは、それぞれの傷や疲れを癒し、共に困難を乗り越える中で育まれていく「仲間」という絆を、確かに感じさせる時間となっていた。

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