ep 49
『鬼神と月兎』 第二十一章:闇夜の断罪
カナン村から数キロ離れた、鬱蒼とした森の奥深く。鬼神 龍魔呂は、木々の梢を疾風のように移動しながら、広範囲の偵察を行っていた。彼の五感は研ぎ澄まされ、わずかな気配も見逃さない。シルバリアへ向かう街道だけでなく、村の周辺に潜む可能性のある脅威を探っていたのだ。
やがて、彼の鋭敏な聴覚が、谷間の窪地から漏れ聞こえてくる複数の男たちの話し声を捉えた。気配を完全に殺し、大木の枝からその様子を窺う。焚き火を囲み、酒を酌み交わしているのは、見るからに柄の悪い十数人の男たち。服装や武器には統一性がなく、おそらくはならず者の集団――盗賊だろう。
「…で、次の満月の夜だ。カナン村は衛兵も少ねえし、楽な仕事だぜ」
「ああ、例の『勇者の印』とかいうガキもいるらしいじゃねえか。そいつを捕まえりゃ、例の『大物』からたんまり褒美が出るって話だ」
「ヒャハハ! 金も女も手に入って、一石二鳥だな!」
下卑た笑い声と、略奪の計画。そして、「勇者の印」を持つダイチを狙う言葉。それらを聞いた瞬間、鬼神 龍魔呂の瞳から、人間的な温度が消え失せた。彼の内で、「悪」を断罪する冷徹なスイッチが入る。
彼は音もなく大木の枝から飛び降り、まるで森の闇に溶け込むかのように、盗賊たちの背後へと忍び寄った。何の警告も、何の躊躇もない。ただ、そこに存在する悪意を根絶やしにするという、絶対的な意志だけがあった。
焚き火の明かりに照らされ、油断しきっていた盗賊たちは、背後に死神が迫っていることなど知る由もない。
鬼神 龍魔呂は、一番外側にいた見張り役の男の背後に音もなく立つと、その口を塞ぎながら、首の骨を寸分の狂いもなくへし折った。男が声もなく崩れ落ちるのと同時に、彼は次の標的へと動き出す。
「ん? おい、どうし…ぐはっ!?」
異変に気づいた男が振り返るが、その目に映ったのは、赤黒い闘気を薄く纏った鬼神 龍魔呂の貫き手が、自身の胸を貫く瞬間だった。
「て、敵襲だぁーっ!!」
ようやく他の盗賊たちが気づき、慌てて武器を手に取る。しかし、それはあまりにも遅すぎた。
鬼神 龍魔呂は、影が舞うように盗賊たちの間を駆け巡り、的確かつ無慈悲な攻撃を繰り出していく。鬼神流の体術は、もはや芸術的なまでの殺人術と化していた。急所への正確な打撃、関節を破壊する投げ、一瞬で息の根を止める絞め技。彼の動きに追従できる者は、この場には一人もいない。
赤黒い闘気は、彼の怒りに呼応するように、その破壊力を増す。闘気を纏った拳は盾ごと相手を吹き飛ばし、足技は鎧を着た人間の身体を容易く両断する。
「ぎゃあああっ!」「た、助け…!?」
盗賊たちの悲鳴と怒号が、静かな森に響き渡るが、それもすぐに途絶えていく。
一人の盗賊が、恐怖のあまり武器を投げ捨て、地面に這いつくばって命乞いを始めた。
「ま、待ってくれ! 頼む! 命だけは…! 金ならここに…!」
彼は震える手で、懐から略奪品であろう宝石の入った袋を取り出して差し出した。
しかし、鬼神 龍魔呂は冷ややかにそれを見下ろし、一瞥もくれずにその腕を踏み砕いた。
「ぎぃやあああっ!」
「悪党に、命乞いをする資格などない」
低い、感情のこもらない声で呟くと、彼は命乞いを続ける男の頭部に、容赦なく踵を落とした。鈍い音と共に、男の声は永遠に途絶えた。
彼は、既に戦闘能力を失い、虫の息となっていた他の盗賊たちにも、目を向ける。降伏の意思を示そうが、気を失っていようが、関係ない。彼は一人一人に近づき、首を折り、心臓を貫き、あるいは急所を破壊し、確実に息の根を止めていった。彼の行動に、怒りや喜びといった感情は見られない。ただ淡々と、害虫を駆除するかのように、悪をこの世から消し去っているだけだった。
やがて、谷間には焚き火の爆ぜる音と、生々しい血の匂いだけが残された。おびただしい数の死体が、無残な姿で転がっている。
鬼神 龍魔呂は、返り血を浴びた自身の腕を軽く振ると、盗賊たちの持ち物を素早く改めた。何か有用な情報(「大物」に関する手がかりなど)がないか探ったが、特にめぼしいものは見つからなかったようだ。
彼は、作り出した死の光景に一瞥もくれることなく、再び森の闇へと身を翻した。仲間たちの元へ戻るのだろう。彼の内なる鬼は、悪を滅ぼすことで一時的に静まったのかもしれないが、その存在が消えることはない。彼はこれからも、己の信じるやり方で、悪と戦い(あるいは、悪を滅ぼし)続けるのだろう。仲間たちがその苛烈さを理解し、受け入れることができるのかどうかは、まだ誰にも分からなかった。




