ep 44
『鬼神と月兎』 第十八章:カナン村の夜宴
その夜、カナン村の広場は、昼間の恐怖が嘘のように、温かい光と賑やかな声に包まれていた。オークの脅威から村を救ってくれた鬼神 龍魔呂たち一行への感謝を込めて、村人たちがささやかな祝勝会を開いてくれたのだ。広場の中央には大きな焚き火が燃え盛り、その周りには村人たちが持ち寄った手料理や、この地方特産の果実酒などが並べられている。素朴だが心のこもった宴だった。
「いやー、ダイヤさんのあの必殺技! 実に凄かった! まるで光の雨のようでしたな!」
「あの黒い旦那(鬼神 龍魔呂のこと)も、化け物みてえな強さだったぜ!」
ダイヤは村の男衆(主に護衛に参加した衛兵や、元冒険者など)に囲まれ、武勇伝を(少し脚色しながら)語り聞かせ、差し出される酒を上機嫌に呷っていた。「ふふん、まあ、私にかかればあんなものよ! でも、まだまだ本気じゃなかったけどね!」と得意げだ。
ユイは、村の女性たちと一緒に料理を運んだり、子供たちにシルヴァとノクスを紹介したりと、甲斐甲斐しく立ち働いていた。「シルヴァちゃんは明るくて、ノクスくんはクールなんです」「わー、ドラゴンとお話しできるなんて!」子供たちは初めて間近で見る(そして喋る)ドラゴンに大興奮だ。ダイチも、村の子供たちとすぐに打ち解け、追いかけっこをしたり、木の実を分け合ったりして、年相応の笑顔を見せていた。彼にとっても、久しぶりの心穏やかな時間だろう。
そんな賑やかな宴の輪から少し離れた場所で、鬼神 龍魔呂は一人、木の切り株に腰を下ろし、黙って酒(のようなものが入った木の杯)を傾けていた。彼は宴の喧騒そのものには興味がないようだったが、追い払われることもなく、ただ静かにそこに存在していた。
そこへ、昼間も彼に懐いていた子供たちが、わらわらと集まってきた。恐怖心よりも、彼の圧倒的な強さへの憧れや好奇心が勝っているようだ。
「お兄ちゃーん!」
「ねーねー、さっきダイヤお姉ちゃんが言ってたけど、ゴーレムもやっつけたって本当?」
「もっと強いの見せてよー!」
「一緒に遊ぼうよー!」
子供たちは物怖じせず、口々に話しかけ、彼の腕や足にまとわりついてくる。
「……騒がしいぞ、お前たち」
鬼神 龍魔呂は眉間に皺を寄せ、明らかに面倒くさそうな声を出す。
「俺は疲れている。あっちで遊んでこい」
そう言って追い払おうとするが、子供たちは「やだー!」「お兄ちゃんと遊びたいのー!」「ねーってばー!」と全く諦める気配がない。特に、昨日頭を撫でられた男の子は、彼の膝にしがみついて離れようとしなかった。
鬼神 龍魔呂は、深くて長いため息をついた。そして、仕方ない、といった風に、重い腰を上げた。
「……少しだけだぞ」
その言葉に、子供たちは「やったー!」と歓声を上げる。
彼は、子供たちにせがまれるまま、まずは昼間やった小石投げを披露した。焚き火の明かりの中でも、彼の指から弾かれた小石は、少し離れた木の幹に寸分の狂いもなく吸い込まれていく。子供たちは目を丸くして拍手喝采だ。
次に、一番小さい女の子が「肩車してー!」と両手を伸ばしてくると、彼は一瞬、本当に一瞬だけ躊躇いを見せた後、その子をひょいと持ち上げ、無言で自分の肩に乗せた。女の子は「わーい! 高ーい!」と大喜びだ。鬼神 龍魔呂の肩の上で、彼女はまるで世界を手に入れたかのように笑っている。しかし、彼はすぐに「…もう終わりだ」と言って、名残惜しそうな女の子をそっと地面に降ろした。
ほんの短い時間。彼がしたのは、ただそれだけだった。それでも、子供たちは大満足の様子で、彼の周りをキャッキャとはしゃぎ回っている。
「ヒューヒュー! やるじゃないの、ミスター鬼神! すっかり子供たちのヒーローねぇ!」
いつの間にか近くに来ていたダイヤが、からかうように口笛を吹いた。
「……うるさい。黙って酒でも飲んでろ」
鬼神 龍魔呂は、ダイヤの視線から逃れるように、少しだけ顔を背けた。その横顔が、焚き火の赤い光に照らされて、ほんの少しだけ…本当に僅かだが、柔らかく見えたのは、気のせいだっただろうか。
ユイは「龍魔呂様…」と、その不器用な優しさに、胸が温かくなるのを感じていた。ダイチも「やっぱり、たつまろさん、優しいんだ!」と嬉しそうに微笑んでいる。
鬼神 龍魔呂は、これ以上構われるのはごめんだとばかりに、再び宴の輪から少し離れた、夜の闇が濃い場所へと移動してしまった。しかし、子供たちが彼に向けるキラキラした眼差しと、彼が時折見せる不器用な優しさは、パーティーの仲間たちの心に、確かな温もりを残していた。
カナン村での祝勝会の夜は、笑い声と、音楽と、そして仲間たちの間に流れる穏やかな空気の中で、ゆっくりと更けていく。厳しい旅の中の、貴重な休息のひとときだった。




