ep 42
『鬼神と月兎』 第十七章:カナン村防衛戦
ダイチがもたらした空からの警鐘は、すぐに現実のものとなった。シルバリア方面とは逆の、北の森から地響きが近づき、オークたちの鬨の声が村にまで届き始めたのだ。その数、百は下らないだろう。平和だったカナン村は、一瞬にしてパニックに包まれた。
「オークの大群だと!?」
「逃げろ! 早く家の中に!」
「どこへ逃げればいいんだ! 門が破られたら終わりだ!」
村人たちは右往左往し、恐怖に泣き叫ぶ子供の声も聞こえる。
「総員、落ち着け!」
その混乱の中、鬼神 龍魔呂の低く、しかし有無を言わせぬ声が響き渡った。一瞬、村人たちの動きが止まる。
「ユイ、ダイチ! お前たちは村の人々を安全な場所へ誘導しろ! 村の一番奥にある、石造りの教会だ! 急げ!」
「は、はいっ!」(ユイ)
「わ、わかった!」(ダイチ)
「ダイヤ! お前は俺と来るぞ! 村の門で奴らを食い止める! 一匹たりとも中へは入れるな!」
「了解! 暴れたくてウズウズしてたところよ!」
ダイヤは好戦的な笑みを浮かべ、レイピアを抜いた。
指示を受け、二組はすぐに行動を開始した。
ダイチとユイは、パニック状態の村人たちの間を駆け抜け、必死に避難を呼びかけた。
「皆さん、落ち着いてください! 大丈夫です、僕たちがついていますから! こっちです! 教会へ急いでください!」
ダイチは恐怖で足がすくみそうになるのを必死で堪え、声を張り上げる。その必死な姿と、彼の持つ不思議なオーラが、村人たちにわずかながら冷静さを取り戻させる。シルヴァとノクスもダイチのそばで、「きゅるる!(こっちだよ!)」「グルル!(急げ!)」と人々を誘導するように動き回る。
「さあ、こちらへ! 足の悪い方はわたくしが手を貸します! 怪我をしている方も、後で必ず治療しますから!」
ユイは持ち前の落ち着きと優しさで人々を導き、時には回復の力で歩けない老人を一時的に歩けるようにするなど、的確なサポートを行う。彼女の存在は、混乱の中での大きな支えとなっていた。
一方、鬼神 龍魔呂とダイヤは、村の唯一の入り口である木の門の前へと急行していた。既に門の外には、緑色の醜い肌をしたオークたちが、涎を垂らし、武器を振り回しながら殺到している。数人の村の衛兵が必死に門を守ろうとしているが、その数はあまりにも少なく、門が破られるのは時間の問題に見えた。
「ふん、予想以上の数ね! でも、ここで食い止めるしかないわ!」
ダイヤは金色の闘気をレイピアとバックラーに纏わせる。
鬼神 龍魔呂もまた、全身から禍々しいほどの赤黒い闘気を立ち昇らせた。その瞳には、かつての狂気とは違う、守るべきもののために戦う者の、冷徹な覚悟が宿っていた。
「―――蹴散らす!!」
オークの先陣が門に体当たりを仕掛けてきた瞬間、鬼神 龍魔呂が動いた! 彼は両手に凝縮させた赤黒い闘気を、地面に向かって叩きつけた!
ドゴォォォンッ!!
凄まじい轟音と共に、衝撃波が扇状に広がり、門に殺到していたオーク数十体をまとめて吹き飛ばし、その多くを肉塊へと変えた!
「ヒャッホー! 派手にやるじゃない!」
ダイヤが歓声を上げる。しかし、オークの数はまだ多い。衝撃波を免れたオークたちが、左右から回り込み、あるいは後続が途切れることなく押し寄せてくる。
「させないわよ!」
ダイヤは鬼神 龍魔呂の死角をカバーするように躍り出る。レイピアが金色の閃光を描き、オークの急所を次々と貫く。バックラーで棍棒を受け止め、体勢を崩したところへ闘気を込めた蹴りを叩き込む。さらに、魔法収納袋から異世界の煙幕弾「闇茸の煙玉」を複数投げつけ、オークたちの視界と連携を奪った。煙幕の中から飛び出し、闘気を纏わせた投げナイフを正確に放ち、敵の数を着実に減らしていく。
だが、オークの波は止まらない。一体一体は強くなくとも、その物量は脅威だ。ついに門の一部が破壊され、オークたちが村の中へなだれ込もうとする! 後方では、まだ避難が完了していない村人たちの悲鳴が聞こえる。
「ちぃっ! きりがないわね、この数!」
ダイヤが焦りの色を見せる。
「仕方ない…! 少し派手に行くわよ! ミスター鬼神、一瞬だけ援護お願い!」
「…心得た」
鬼神 龍魔呂が前に出て、赤黒い闘気の壁を作り出し、オークたちの侵入を一時的に食い止める。その隙に、ダイヤはレイピアを鞘に納めると、両手を天に掲げ、金色の闘気を集中させた。彼女の周囲の空間に、眩い光を放つ無数の剣が出現し、空中に整列していく。その光景は、まるで星々が武器の形をとったかのようだ。
「降り注ぎなさい! 私の剣雨! ヘヴンリー・ブレイド!!」
ダイヤが叫ぶと同時に、空中に浮かんだ光の剣が、雨のようにオークの群れへと降り注いだ! 一本一本が凄まじい速度と貫通力を持ち、オークたちの硬い皮膚や粗末な鎧を容易く貫き、地面へと縫い付けていく。悲鳴と断末魔が響き渡り、広範囲に及ぶ無数の光の刃によって、村の門前に殺到していたオークの先鋒は、壊滅的な打撃を受けた。
「よし…!」
ダイヤは肩で息をつきながらも、手応えを感じていた。
「後は任せたわよ!」
鬼神 龍魔呂は、ダイヤが作り出した決定的な隙を見逃さなかった。彼は闘気の壁を解除すると、壊滅状態となったオークの群れへと再び突撃。残敵掃討に入る。彼の動きに一切の無駄はなく、赤黒い闘気を纏った拳と蹴りが、混乱し、あるいは負傷して逃げ惑うオークたちを、今度こそ一体残らず確実に仕留めていった。ダイヤも負傷したオークに冷静にとどめを刺していく(ただし、鬼神 龍魔呂のように必要以上の破壊はしない)。
やがて、オークの鬨の声は完全に止んだ。村の門前には、おびただしい数のオークの死体が山のように積み重なり、静寂が戻ってきた。
「…ふぅ。なんとか、なったみたいね…」
ダイヤは額の汗を拭い、少しだけ消耗した様子で息をついた。
「ああ」
鬼神 龍魔呂は短く応え、赤黒い闘気を収めると、避難が完了したであろう村の中へと静かに視線を向けた。
二人の獅子奮迅の活躍により、カナン村はオークの大群の脅威から守られたのだった。




