ep 41
『鬼神と月兎』 第十七章:空からの警鐘
カナン村での穏やかな昼下がり。ダイチは宿屋の中庭で、シルヴァとノクスとじゃれ合っていた。二匹の幼竜はすっかりダイチに懐き、彼が投げた木の実を追いかけたり、彼の周りを嬉しそうに飛び跳ねたりしている。
「ねえ、ダイチ!」
銀白色のシルヴァが、大きな瞳を輝かせてダイチに話しかけた。
「今日はすごくいい風が吹いてるよ! 一緒に空を飛んでみない?」
「えっ、本当!?」
ダイチの顔がぱっと輝いた。シルヴァとノクスが仲間になってから、まだ本格的に空を飛んだことはなかったのだ。
「乗りたい! 飛んでみたい!」
「…仕方ないな。少しだけだぞ」
隣で丸くなっていた漆黒のノクスも、珍しく反対はしなかった。
その様子を、近くで休憩していたユイとダイヤが見ていた。
「ふふ、元気ですね、ダイチ様も竜さんたちも」
ユイが微笑む。
「ま、いいんじゃない? どうせ暇してたし」ダイヤは軽く伸びをすると、ダイチに声をかけた。「ただし、ボウヤ! ただ飛ぶだけじゃなくて、ちゃんと村の周りの様子も見てくるのよ? 変な魔物とかが近づいてないか、しっかり偵察してきなさい!」
「うん、わかった! 任せて、ダイヤさん!」
ダイチは元気よく返事をした。少し離れた場所で黙想していた(ように見えた)鬼神 龍魔呂も、特に何も言わなかった。彼らの飛行を黙認したのだろう。
「じゃあ、乗って、ダイチ!」
シルヴァとノクスがダイチの前に並び、少しだけ体を低くする。二匹の背中はまだ小さいが、ダイチ一人を乗せるには十分な大きさだ。ダイチはわくわくしながら、二匹の間にそっと跨った。
「しっかり掴まっててね!」
「…行くぞ」
シルヴァとノクスは、互いにタイミングを合わせるように翼(片翼ずつだが、二匹で一対のように見える)を力強く羽ばたかせた。ふわり、と体が浮き上がり、少しだけバランスを取りながらも、スムーズに空へと舞い上がっていく。
「うわーっ! 高い! すごい!」
ダイチは眼下に広がるカナン村の景色と、風を切って飛ぶ爽快感に、思わず歓声を上げた。家々が小さく見え、畑が緑の絨毯のようだ。遠くには、昨日越えてきた森や丘陵地帯も見える。
「へへーん、すごいでしょ!」シルヴァが隣で得意げに言う。「もっと速く飛べるよ!」
「…あまり調子に乗るな、シルヴァ。ダイチをしっかり支えろ」ノクスが冷静に注意する。
ダイチは二匹の背中にしっかりと掴まりながら、初めての本格的な空の散歩を満喫していた。
しばらく村の上空を旋回し、周囲の様子を見ていた時だった。ダイチはふと、村の北側に広がる深い森の様子が、少しおかしいことに気づいた。一部分だけ、鳥たちが騒がしく飛び立ち、木々が不自然にざわめいている。
「…? あれ、なんだろう…森が変だよ」
彼が目を凝らして、その方向をじっと見つめる。すると…
「―――!!」
ダイチは息を呑んだ。森の暗がりから、緑色の醜い影が、次から次へと姿を現しているではないか。棍棒や錆びた斧を手に持ち、隊列を組んで、明らかにカナン村の方向へと向かってきている。それは、紛れもなくオークの群れだった。しかも、その数は尋常ではない。ざっと見ただけでも数十体…いや、百体は優に超えているかもしれない。大規模なオークの軍勢だ。
「オーク…! あんなにたくさん…! 村に向かってる…!」
ダイチの顔からサッと血の気が引いていく。
「(シルヴァ)グルル…! ヤバい気配だ!」
「(ノクス)…数が多すぎる。このままでは村が…危険だ」
シルヴァとノクスも、オークの群れが放つ濁った邪悪な気配と殺気を感じ取り、警戒の唸り声を上げた。
「大変だ! 早く村のみんなに知らせなきゃ!」
ダイチは恐怖を感じながらも、自分が今すべきことを理解した。この情報を一刻も早く地上に伝えなければならない。
「シルヴァ、ノクス、急いで戻ろう! みんなに知らせないと!」
彼の必死な声に応え、二匹の竜は即座に翼を翻した。上昇時よりもずっと速いスピードで、一直線に地上を目指して急降下していく。
地上では、鬼神 龍魔呂たちが空を見上げていた。ダイチたちがただならぬ速さで降りてくるのに気づき、何か異変があったことを察したのだ。
「ダイチ様!」「ボウヤ、どうしたの!?」
地面に着地するなり、ダイチは息を切らせながら、震える声で叫んだ。
「オークだよ!! すごくたくさんのオークの群れが、村に向かってきてるんだ!! 北の森から!!」
その報告に、鬼神 龍魔呂、ユイ、ダイヤの表情が一気に険しくなった。先ほどまでの穏やかな空気は一変し、鋭い緊張が走る。カナン村に、オークの大群という新たな脅威が迫っていた。ダイチと竜たちがもたらした空からの警鐘は、新たな戦いの始まりを告げていた。




