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ep 4

『鬼神と月兎』 第二章より

ユイに案内され、「月影の工房」で不思議な指輪を手に入れた龍魔呂。その足で街の門を抜け、当面の情報収集のため隣町へ向かう街道を歩き始めて間もなくのことだった。

「龍魔呂様!」

隣を歩いていたユイが、ぴんと兎の耳を立てて鋭く声を上げた。その表情には緊張が走っている。

「前方の森から、濁った荒々しい『音』が近づいてきます! かなり大きな音…それに、一つや二つじゃない。魔物です!」

ユイが言い終わるか終わらないかのうちに、背後の街の方から、けたたましい警鐘の音が鳴り響き始めた。どうやら、見張り台の兵士も異変に気づいたらしい。

街道を少し進むと、視界が開け、森との境界付近で騒ぎが起きているのが見えた。緑色の醜い肌をした、豚のような顔の魔物――オークが、5、6体ほど現れ、街道を塞ぐように暴れている。手には粗末な棍棒や錆びた斧を握り、涎を垂らしながら威嚇の声を上げていた。街から駆けつけたらしい衛兵が3名ほどで応戦しているが、オークの膂力と凶暴性に押され、苦戦を強いられている。一人の衛兵は既に肩を負傷しているようだった。

「オークです…! 厄介な魔物です、力も強いし、しぶといし…!」

ユイが心配そうに龍魔呂を見上げる。龍魔呂は、やれやれといった表情で面倒くさそうに頭を掻いた。

「…ちょうどいい。肩慣らしだ」

ぽつりと呟くと、彼は衛兵たちの制止の声も意に介さず、オークの群れへとゆったりと歩き出した。

「危ない、下がれ!」

衛兵の一人が叫ぶが、龍魔呂は気にも留めない。一番手前にいたオークが、獲物が増えたとばかりに棍棒を振り上げ、唸り声を上げて襲いかかってきた。

瞬間、龍魔呂の姿が掻き消えた――ように見えた。オークが棍棒を振り下ろした場所には誰もいない。次の瞬間には、オークの巨体の懐に龍魔呂が潜り込み、その顎を強烈なアッパーカットで打ち抜いていた。ゴッ、と骨の砕ける鈍い音が響き、2メートルはあろうかというオークの身体が、まるで紙屑のように宙を舞い、地面に叩きつけられて動かなくなった。

あっけにとられる衛兵と、仲間が一撃で沈められたことに驚き、動きを止めるオークたち。龍魔呂はその隙を逃さない。別のオークが振り回す斧を、最小限の動きでひらりとかわすと、流れるような動作で相手の脇腹に鋭い貫き手を叩き込む。さらに別のオークの突進をいなし、体勢を崩したところに膝蹴りを叩き込み、追い討ちの肘打ちで意識を刈り取る。

まさに舞うようだった。無駄のない動き、急所を的確に捉える打撃。相手の力を利用し、最小の力で最大の効果を生む。鬼神流の体術が、オークたちを赤子の手をひねるように翻弄し、次々と戦闘不能にしていく。その圧倒的な強さに、衛兵たちはただ立ち尽くすしかなかった。

あっという間に、残るオークは一回り体の大きな、リーダー格らしき一体だけとなった。そのオークは、仲間の惨状を見て怒り狂ったのか、目を血走らせて雄叫びを上げると、巨大な両刃斧を振り回しながら龍魔呂に突進してきた。衛兵たちが慌てて矢を放つが、硬い皮膚に弾かれるか、致命傷には至らない。

「…なるほど。こいつで試してみるか」

龍魔呂は左手の中指にはめた黒い指輪に意識を集中させた。内に秘めた力が、指輪を介して明確なエネルギーの奔流となって身体を巡る。彼の右の拳に、陽炎のように揺らめく、淡い赤色のオーラが纏わりつき始めた。

リーダーオークが、渾身の力を込めて両刃斧を振り下ろしてくる。風を切る音が凄まじい。龍魔呂はそれを避けようともせず、真っ向から迎え撃つ姿勢を取った。そして、右拳を力強く握りしめる。

「鬼神流…!」

短く、しかし鋭い声と共に、闘気を纏った右拳を突き出した。技の名は、まだない。ただ、力を込めて、叩き潰す――!

「破ッ!!」

龍魔呂の拳が、振り下ろされる斧の側面を捉え、そのままオークの屈強な胸板へと突き刺さった。ゴシャァッ!!という、骨と肉が砕ける嫌な音。闘気を纏った拳は、オークの胸骨を容易く粉砕し、その勢いのまま巨体を貫かんばかりにめり込んだ。リーダーオークは、信じられないものを見たというように目を見開いたまま、巨体をくの字に折り曲げ、絶叫する間もなく後方へと吹き飛んだ。地面を数回バウンドし、ぴくりとも動かなくなる。

「……ほう」

凄まじい威力だった。龍魔呂自身、闘気の力がこれほどとは予想していなかったのか、わずかに目を見開いて自身の拳を見つめた。指輪が微かに熱を持っている。

残っていたオークたちは、リーダーが一撃で屠られたのを見て完全に戦意を喪失し、背を向けて逃げ出そうとした。だが、龍魔呂がそれを見逃すはずがない。彼は即座に思考を切り替え、闘気を纏った素早い拳打と蹴り、そして流麗な鬼神流の体術を織り交ぜ、逃げるオークたちを瞬く間に掃討した。

やがて、街道には静寂が戻った。そこには、無惨に打ち倒されたオークの亡骸だけが転がっている。衛兵たちは、目の前で繰り広げられた圧倒的な戦闘に、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「龍魔呂様……!」

ユイが駆け寄ってきた。彼女の大きな瞳は、驚きと興奮で輝いている。

「すごい、すごいです! あっという間にオークを全部…! それに、今の赤い光…! 指輪の力、闘気って、こんなにすごいんですね!」

「……まあ、こんなものか」

龍魔呂は、指輪の嵌った左手を開いたり閉じたりしながら、闘気の感触を確かめていた。肩慣らしにしては、少々派手にやりすぎたかもしれない。だが、この力が今後の旅で大きな武器になることは間違いなかった。

彼は、倒れたオークには一瞥もくれず、街道の先へと視線を向けた。

「行くぞ、ユイ。道草は終わりだ」

やるべきことは、まだ山積みだった。勇者ダイチを探し出し、この異世界で弟の手がかりを掴む――そのために、彼はこの新たな力を振るうことになるのだろう。

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