ep 37
『鬼神と月兎』 第十五章:カナン村の歓迎
鬼神 龍魔呂たち一行は、護衛対象だった商人バルガスと別れ、カナン村の中へと足を踏み入れた。シルバリアのような喧騒はないが、家々からは温かい夕餉の匂いが漂い、畑仕事から戻る人々の穏やかな話し声が聞こえる、平和な村のようだ。先ほどの山道での惨劇が嘘のような、長閑な空気が流れている。
一行が宿を探そうと村の広場に差し掛かった時だった。
「あーっ! さっきのお兄ちゃんたちだ!」
甲高い子供の声が響いた。声のする方を見ると、先ほど森で大型モンスターから助けられた子供たちと、その親らしき村人たちが、こちらに気づいて駆け寄ってきた。
「まあ! あなた様方でしたか!」
子供たちの母親の一人が、一行の前に進み出て深々と頭を下げた。
「先ほどは、うちの子たちをあんな恐ろしい魔物から助けていただき、本当に、本当にありがとうございました! 何とお礼を申し上げたらよいか…!」
他の親たちも口々に感謝の言葉を述べ、中には涙ぐんでいる者もいた。彼らにとって、子供たちの命がどれほど大切だったか、そしてどれほど恐怖したかが伝わってくる。
「お兄ちゃん!」
助けられた子供たちも、もう恐怖の色はなく、元気な笑顔でダイチの周りに集まってきた。特に、鬼神 龍魔呂に頭を撫でられた少年が、ダイチの前に立つ。
「さっきは怖くてちゃんとお礼言えなかったけど、助けてくれてありがとう! お兄ちゃんがいてくれて、なんだか大丈夫だって思えたんだ!」
「うんうん!」「ありがとう!」
他の子供たちも、次々にダイチにお礼を言う。そして、ダイチの足元にぴったりと寄り添うシルヴァとノクスを見つけると、「わー!ドラゴンだー!」「かわいい!」「触ってもいい?」と目をキラキラさせてはしゃぎ始めた。
「え…? あ、ううん、僕は…本当に何もしてないよ…」
ダイチは突然の感謝の嵐に戸惑い、顔を赤くしながら首を振った。戦闘で活躍したのは鬼神 龍魔呂とダイヤであり、自分はただ怯えていただけだ、という思いがまだ強いのだろう。
「みんなを助けたのは、たつまろさんやダイヤさんたちなんだから…」
しかし、子供たちはそんなダイチの言葉は気にしない様子で、「でも、お兄ちゃんも一緒にいてくれたもん!」「ドラゴンさんと一緒でかっこよかったよ!」と無邪気に笑いかける。その純粋な言葉と屈託のない笑顔は、ダイチの心に残っていた先ほどの戦闘の恐怖や無力感を、温かい光で少しずつ溶かしていくようだった。彼は照れながらも、「…ど、どういたしまして…?」と、ようやく小さな笑みを返すことができた。
そのやり取りを、集まってきた村長や他の村人たちも、温かい眼差しで見守っていた。
「この少年が、勇者の印を持つという…なんと心優しいお方だ…」
「戦うだけが勇者ではないというが、誠かもしれんな。見ているだけで、こちらも心が洗われるようだわ」
「この子がおるだけで、村に福が舞い込んできそうじゃ」
村人たちは、ダイチの戦闘能力ではなく、その存在そのものが放つ純粋さ、優しさ、そして人々を惹きつける不思議な魅力に、希望や安心感を感じ取り、感謝しているようだった。
ユイは、そんなダイチの姿を見て、胸がいっぱいになっていた。「ダイチ様…あなたの優しさは、ちゃんと皆さんに伝わっていますよ」と心の中で呟く。
ダイヤも、「…ふん、ボウヤのくせに、人たらしの才能はあるんじゃないの」とぶっきらぼうなフリをしながらも、その口元には確かな笑みが浮かんでいた。ダイチの持つ、武器や力とは違う種類の「強さ」に、彼女はますます惹かれていた。
少し離れた場所でその光景を眺めていた鬼神 龍魔呂は、表情を変えることはなかった。しかし、子供たちがダイチに向ける無垢な笑顔と、それに応えるダイチの少し照れたような笑顔から、彼は静かに目をそらすことはなかった。かつて自分が守れなかった笑顔が、今、ここにある。その事実に、彼の心の奥底で、凍てついていた何かがほんの少しだけ、音を立てて溶け始めたのかもしれない。
村人たちの温かい歓迎と、子供たちの純粋な感謝。それは、山賊との戦闘で張り詰め、少しだけギスギスしかけていた一行の心を、優しく包み込み、和らげていくようだった。
「ささ、皆様、お疲れでしょう。村で一番良い宿を用意させました。どうぞ、今宵はゆっくりとお休みください」
村長が一行を宿へと案内する。
カナン村での夜は、シルバリアの喧騒とは違う、穏やかで心温まるものになりそうな予感がした。一行は、村人たちの親切に感謝しながら、用意された宿へと向かうのだった。




