ep 36
『鬼神と月兎』 第十四章:沈黙の街道、カナン村へ
鬼神 龍魔呂が大型モンスターの群れを文字通り殲滅した後、カナン村への街道には重苦しい沈黙が支配していた。先ほどまでの戦闘――いや、一方的な殺戮の光景が、ダイヤ、ユイ、そしてダイチの脳裏に焼き付いて離れない。先頭を歩く鬼神 龍魔呂の背中は、今はもうあの禍々しい闘気を放ってはいないが、それでもなお、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
ダイヤは、先ほどまでの軽口も忘れ、険しい表情で黙々と歩いていた。彼女は鬼神 龍魔呂の背中を見つめながら、隣を歩くユイにだけ聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呟いた。
「……正直、肝が冷えたわよ。あれは……ただ強いだけじゃない。完全に理性が飛んでた。アイツ、一体どんな過去を背負ったら、あんな風になるっていうのよ……」
彼女の脳裏には、無表情で、しかし底なしの怒りを湛えた瞳で、大型モンスターを文字通り「破壊」していた彼の姿が焼き付いていた。ウェポンズマスターとして数々の修羅場を潜ってきたつもりの彼女でさえ、あれほどの純粋な破壊衝動と殺意を目の当たりにしたのは初めてだった。
ユイもまた、深刻な表情で小さく頷いた。
「龍魔呂様の『音』は……あの時、ものすごく悲しくて、激しく怒っていて……そして、とても苦しそうでした……」
彼女はダイチの小さな手をそっと握りしめた。ダイチは俯いたまま、時折小さく肩を震わせている。
「大丈夫ですよ、ダイチ様。もう終わりましたからね」
ユイは優しく声をかけるが、ダイチの顔色は優れない。
ダイチは、先ほど助けられた子供たちの安堵した顔と、鬼神 龍魔呂の恐ろしい姿を交互に思い出していた。
「……怖かった。たつまろさん、すごく怖かった……けど……」
彼は呟く。
「でも、あのままだったら、あの子たち、きっと食べられちゃってた……。たつまろさんが助けてくれたんだよね……?」
何が正しくて、何が間違っているのか。幼い彼にはまだ判断がつかなかった。ただ、守るために振るわれた暴力の激しさと、その結果救われた命の間で、彼の心は複雑に揺れ動いていた。足元に寄り添うシルヴァとノクスも、主人の不安を感じ取っているのか、心配そうにダイチを見上げている。
先頭を歩く鬼神 龍魔呂は、背後で交わされる(であろう)仲間たちの戸惑いや、ダイチの心の揺れ動きを、おそらくはその鋭敏な感覚で感じ取っていた。しかし、彼は何も言わない。振り返ることもない。自身の内に渦巻く衝動の残滓を無理やり抑え込んでいるのか、あるいは、この気まずい空気にどう対処していいのか分からないのか。ただ、先ほど子供の頭を撫でた、血と闘気の残滓が混じった右の手のひらを、無意識に強く握りしめていた。
重い空気の中、一行は黙々と歩き続けた。護衛対象の商人バルガスや傭兵たちも、先ほどの鬼神 龍魔呂の姿を見て以来、一行(特に彼)に話しかけることもできず、遠巻きに様子を窺っているだけだった。
やがて、日が大きく西に傾き、空がオレンジ色に染まり始めた頃、森を抜け、視界が開けた先に、ようやく目的地の村が見えてきた。石垣に囲まれ、いくつかの家々が集まる、ロックウッド村よりは少し大きいが、シルバリアに比べればずっと小さな、素朴な村。「カナン村」だ。幸い、村には争いの跡は見られず、畑からは夕餉の支度をする煙が立ち上っている。穏やかな光景が広がっていた。
一行と輸送隊は、カナン村の門へと到着した。門を守っていた衛兵が、バルガスの顔を見て門を開ける。ようやく目的地に辿り着いた安堵感と、しかし未だに残る重い空気。複雑な感情を抱えたまま、一行はカナン村の中へと足を踏み入れた。物資輸送隊の護衛任務は、これで無事に完了となる。
バルガスは、鬼神 龍魔呂に恐る恐るといった様子で近づき、深々と頭を下げて報酬の残りを支払うと、足早に自身の目的地へと去っていった。残された四人は、カナン村の入り口で、これからどうするべきか、しばし言葉もなく立ち尽くすのだった。




