ep 34
『鬼神と月兎』 第十四章:双翼と共に往く道
シルバリアの冒険者ギルドを出た一行は、早速、依頼主との待ち合わせ場所である街の西門へと向かった。門の前には、数台の幌付き荷馬車と、それを囲むように立つ数名の屈強な傭兵、そして依頼主と思われる恰幅の良い商人の姿があった。
「おお、君たちがギルドから紹介された護衛の方々かね? わしはこの輸送隊の責任者、バルガスという。よろしく頼む」
商人は一行を見ると、愛想の良い笑みを浮かべた。しかし、その視線が幼いダイチと、彼の足元にぴったりと寄り添う奇妙な二匹の幼竜――シルヴァとノクスに向けられると、途端に不安げな色を帯びた。
「…して、失礼だが、護衛はこの方々で全てかね? 正直に言うと、子供と…その、奇妙なペット連れというのは、少々心許ないのだが…」
その言葉に、ダイヤがやれやれといった表情で前に出た。
「見た目で判断しないことね、おじさん。私たちは、あの『嘆きの森』のフォレスト・ゴーレムだって倒した実力者なのよ? それとも何か、不満でも?」
彼女が自信満々に(そして少しだけ話を盛りつつ)言うと、バルガスは目を丸くした。
「な、なんだと!? 君たちが、あのゴーレムを!? それは誠か!?」
「疑うならギルドで聞いてみなさいよ」
ダイヤがふんと胸を張る。バルガスは半信半疑ながらも、鬼神 龍魔呂の纏う只者ではない雰囲気も感じ取ったのか、「…いや、失礼した! それほどの手練れであられるなら、これほど心強いことはない! どうか、カナン村まで、我々の荷をよろしく頼みます!」と慌てて態度を改めた。
こうして、鬼神 龍魔呂たち一行は、バルガスの物資輸送隊の護衛として雇われ、カナン村へと向けてシルバリアを出発した。隊列は荷馬車が三台、護衛の傭兵が五名、そして一行を加えた、それなりの規模となった。
街道を歩く間、シルヴァとノクスは片時もダイチのそばを離れようとしなかった。
銀白色のシルヴァは好奇心旺盛なようで、ダイチの足元を楽しそうに駆け回り、道端の草花の匂いを嗅いだり、飛んでいる蝶を追いかけようとしたりしている。時折、ダイチのズボンの裾を軽く引っ張り、「きゅるる!」と嬉しそうな鳴き声を上げて甘えていた。
一方、漆黒のノクスは寡黙だった。常にダイチの半歩後ろにぴたりとつき、鋭い瞳で油断なく周囲を警戒している。時折、遠くで物音がしたり、怪しい気配を感じたりすると、「グルル…」と低い唸り声を上げ、ダイチを守るように身構える。対照的な二匹だが、互いに翼の無い側を擦り合わせたり、短い鳴き声で何かを伝え合ったりと、深い絆で結ばれているのが分かった。
「こら、シルヴァ、そっちは危ないよ」「ノクス、大丈夫、ただの鳥の声だよ」
ダイチは、まるで兄のように、あるいは親友のように、二匹に優しく話しかけ、その小さな頭や背中を撫でてやる。二匹もまた、ダイチの言葉を理解しているかのように、素直に反応した。
「ダイチ、すき!」シルヴァがたどたどしいながらも言葉を発し、ダイチの手に頭をこすりつける。ノクスは相変わらず無口だが、ダイチが撫でると気持ちよさそうに目を細め、小さく喉を鳴らした。
「へぇー、ドラゴンねぇ…しかも双子で片翼ずつとは。おまけに喋るし」
ダイヤは腕を組み、興味深そうにダイチと竜たちのやり取りを眺めている。「ま、珍しいのは確かだけど…ちゃんと戦えるようになるのかしらねぇ。というか、エサ代とか、まさか私持ちじゃないでしょうね…?」後半は少しだけ本音が漏れている。
「ふふ、可愛いですね、シルヴァちゃんもノクスくんも。ダイチ様には、本当に特別な力があるのかもしれませんね」
ユイは目を細め、時折、懐から取り出した薬草のかけらを二匹にそっと差し出していた。二匹とも、ユイには警戒心を見せず、その匂いを興味深そうに嗅いでいる。
鬼神 龍魔呂は、隊列の先頭を歩き、彼らのやり取りには一切関与していない。だが、その背中は、ロックウッド村を出発した時よりも、さらにわずかに、本当にごくわずかにだが、穏やかな気配を纏っているようにも見えた。ダイチが新しい仲間を得て、心から嬉しそうにしている様子が、彼の凍てついた心にも、ほんの少しだけ温もりを与えているのかもしれない。
護衛対象のバルガスや傭兵たちも、最初はダイチに懐く不思議な幼竜を遠巻きに見ていたが、その無邪気な様子と、一行(特に鬼神 龍魔呂とダイヤ)の実力者然とした雰囲気に、次第に警戒を解き、和やかな空気が流れ始めていた。
カナン村への道は、今のところ魔物の気配もなく、穏やかに続いている。ダイチにとって、そしてパーティー全体にとっても、シルヴァとノクスという新たな仲間との旅は、新鮮で、どこか希望に満ちたものになりそうな予感を漂わせていた。




