ep 32
『鬼神と月兎』 第十三章:ギルドへの道、新たな朝
シルバリアでの二日目の朝。昨夜のささやかな祝杯と久しぶりの快適なベッドのおかげか、一行は皆、比較的すっきりとした表情で「銀竜亭」のロビーに集まった。特にダイチは、昨日の冒険の疲れもすっかり取れたようで、「おはようございます!」と元気いっぱいに挨拶した。肩のリスはいなくなったが、彼の瞳には新たな一日への期待が輝いている。
「はい、おはようございます、ダイチ様」ユイが穏やかに微笑む。
「…ふぁ〜あ。まあまあ眠れたけど、やっぱり自分の寝床(トラックの中?)が一番ね…」ダイヤはまだ少し眠そうに大きな欠伸をしたが、すぐにパンと頬を叩き、「よし! 今日も稼ぐわよ!」と気合を入れた。
鬼神 龍魔呂は既に準備万端といった様子で、壁際に静かに立っていた。
宿を出て、朝の活気が満ち始めたシルバリアの大通りを冒険者ギルドへと向かう。
「ほら、ボウヤ、襟が曲がってるわよ」
歩きながら、ダイヤがダイチの服装の乱れに気づき、立ち止まらせてさりげなく直してやる。ダイチの髪に小さな寝癖がぴょこんと跳ねているのを見つけると、「もう、子供なんだから…これじゃあ、ギルドの連中にナメられちゃうでしょ」と苦笑しながら、指で優しく撫でつけて整えてやった。その手つきは自然で、まるで年の離れた姉のようだ。
「あ、ありがとう、ダイヤさん!」
ダイチは少し照れながらも、嬉しそうにお礼を言った。その素直な反応に、ダイヤの口元がほんの少しだけ緩む。
人通りが多くなってきた。小柄なダイチが人波に押されそうになると、ダイヤはさっと彼の隣に移動し、自然な動きでその小さな肩に手を添えた。
「ちゃんと前見て歩きなさいよ。私から離れるんじゃないわよ、はぐれたら面倒なんだから」
ぶっきらぼうな言い方だが、その声には確かな気遣いがこもっている。
「ちゃんと朝ごはん、食べたんでしょうね?」
ダイヤは続ける。昨夜の食堂での様子を思い出したのかもしれない。
「昨日みたいに、無理して疲れてないでしょうね? もし辛かったら、ちゃんと言うのよ。我慢したって、良いことなんて一つもないんだから」
「うん、大丈夫だよ! 昨日はぐっすり眠れたし、元気いっぱい! それに、たつまろさんが稽古つけてくれるかもしれないし!」
ダイチは笑顔で答える。その無邪気な笑顔を見て、ダイヤの胸がまた、小さくキュンと音を立てた。
(……まったく、このボウヤは……なんでこんなに気になるのかしらね……。ただの子供、のはずなのに……)
ダイヤは内心でため息をつきつつも、ダイチの元気な様子に、自分の心まで温かくなるのを感じずにはいられなかった。この感情が何なのか、恋愛経験のない彼女にはまだよく分からない。けれど、この小さな勇者(の卵)を守ってあげたい、側にいてあげたいという気持ちが、日増しに強くなっていることだけは確かだった。
ユイは、そんな二人の様子を微笑ましげに見守っていた。ダイヤさんの「音」は、昨日よりもさらにダイチ様への優しい響きが増している。そして、鬼神 龍魔呂様の「音」も、相変わらず静かだけれど、以前のような氷のような冷たさは薄れ、仲間たちに向ける意識の中に、ほんのわずかな変化が感じられる…。
そんなやり取りをしているうちに、一行は巨大な冒険者ギルドの建物に到着した。昨日、依頼達成の報告をした場所だ。今日は情報収集と新たな依頼探しという、明確な目的がある。
「さ、着いたわよ」
ダイヤは気持ちを切り替え、ギルドの扉を指さした。「気合入れていくわよ! まずは情報収集、それから手っ取り早く稼げる依頼を探すわ!」
一行は頷き合い、シルバリアの冒険者ギルドの、重厚な扉を開けるのだった。




