ep 27
『鬼神と月兎』 第十章:街道の悪意
シルバリアから「嘆きの森」へと続く道は、街の喧騒を離れるにつれて徐々に寂しくなり、やがて鬱蒼とした森へと分け入る山道へと変わっていった。木々が陽光を遮り、昼間でもやや薄暗い。時折、不気味な鳥の声や、獣の気配が遠くから感じられた。
一行が、道幅が少し狭くなる谷間のような場所に差し掛かった時だった。
「ヒャッハー! 止まりな、旅の一行さんよぉ!」
道の先、そして左右の茂みから、汚れた服装に錆びた武器を持った男たちが、十数人、ぞろぞろと姿を現した。明らかに山賊だ。リーダー格と思しき、顔に大きな傷のある男が、下卑た笑みを浮かべて一行を見下ろしている。
「運が悪かったな。ここは俺たち『赤牙団』の縄張りでな。金目の物、食料、そしてそこの別嬪さんたちを置いていってもらおうか!」
「……また面倒なのが湧いてきたわね」
ダイヤはうんざりしたようにため息をつき、即座にレイピアとバックラーを構え、金色の闘気を立ち昇らせた。
「ユイちゃん、ボウヤを連れて後ろへ! こいつらは私と…ミスター鬼神で片付ける!」
「は、はいっ! ダイチ様、こちらへ!」
ユイはダイチの手を引き、素早く後方の岩陰へと退避した。ダイチは怯えながらも、戦いを見守ろうとしている。
鬼神 龍魔呂は、山賊たちを冷徹な、虫けらでも見るような目で見据えていた。彼の全身からも、禍々しい赤黒い闘気が静かに、しかし確実に立ち昇り始める。その尋常ならざる殺気に、数の上で勝っているはずの山賊たちが、思わず一歩後ずさった。
「な、なんだこいつら…!?」
「ヒ、ヒるむな! やっちまえ!」
リーダーの号令で、山賊たちが鬨の声を上げて襲いかかってきた!
戦闘は、しかし一方的なものとなった。
「邪魔よっ!」
ダイヤは前衛の数人を相手取り、華麗な剣技を繰り広げる。金色の闘気を纏ったレイピアが閃き、山賊たちの武器を弾き飛ばし、急所を的確に打ち据えて戦闘能力を奪っていく。バックラーで攻撃を受け流しては体勢を崩させ、時には投げナイフで足を狙い、ワイヤーで動きを封じる。彼女は相手を殺すのではなく、あくまで無力化することに徹しているようだった。次々と山賊たちが地面に打ち倒され、呻き声を上げる。
一方、鬼神 龍魔呂の戦いは「殲滅」そのものだった。
襲いかかってくる山賊たちの群れに、彼は一切の躊躇なく飛び込み、文字通り蹂躙していく。赤黒い闘気を纏った拳は、粗末な鎧など物ともせずに人体を砕き、鬼神流の鋭い手刀は、まるで熟れた果実のように容易く首を刎ね飛ばす。
「ぐあっ!」「ひぃぃっ!」「や、やめ…ぎゃっ!」
山賊たちの悲鳴が森に木霊するが、彼の耳には届かない。逃げようとする者の背中に闘気の衝撃波を叩き込み、命乞いをする者の喉を無慈悲に踏み潰す。「悪は根絶やしにする」――その歪んだ正義、あるいは過去のトラウマからくる抑えきれない破壊衝動が、彼を冷酷な殺戮機械へと変えていた。
リーダー格の男は、仲間たちが赤子の手をひねるように殺されていくのを見て、完全に戦意を喪失した。彼は残っていた数人の手下を盾にするようにして、必死に森の奥へと逃げようとする。
「お、お前ら、あいつを止めろ! 俺は先に行く!」
「――逃がさん」
鬼神 龍魔呂の冷たい声が響く。彼は逃げるリーダーの背中に狙いを定めると、右の手刀に赤黒い闘気を集中させた。それはまるで、闇そのものを切り裂く刃のようだ。
「鬼神流――絶命閃!」
一閃。赤黒い闘気の刃が空を切り、リーダーの首が、胴体から綺麗に離れて宙を舞った。
あっという間に、生き残っていた山賊は全て殺害された。鬼神 龍魔呂は、最後に残った賊の心臓を貫き、その亡骸を無造作に蹴り飛ばした。
これで終わりかと思われた、その時。
鬼神 龍魔呂は、ダイヤが戦闘不能にして地面に転がしていた、まだ息のある山賊たちの方へ、無表情のままゆっくりと歩み寄った。彼らは呻き声を上げ、恐怖に引きつった顔で後ずさろうとしている。
「ま、待ちなさい、たつまろ!」
ダイヤが鋭く声を上げた。彼女は既にレイピアを鞘に納めていた。
「彼らはもう戦えないわ! 命まで取る必要はないでしょう!?」
しかし、鬼神 龍魔呂は足を止めなかった。ダイヤの言葉など、まるで風の音のように聞き流している。彼は転がっている山賊の一人の前に立つと、その首を掴み上げ、ゴキリ、と嫌な音を立てて捻じ折った。そして、次の山賊へ、また次の山賊へと、淡々と、しかし確実に息の根を止めていく。その行為に、怒りも、喜びも、何の感情も見られない。ただ、そこに存在する「悪」を処理しているだけのように。
「なっ……あなた、本気で言ってるの!?」
ダイヤは信じられないものを見る目で、鬼神 龍魔呂の行動を凝視していた。彼女の正義感は、このような無抵抗な者への殺戮を許容できなかった。
岩陰から様子を見ていたユイとダイチも、その光景に完全に凍り付いていた。特にダイチは、目の前で人が虫けらのように殺されていく様に、ショックで身体を震わせ、涙を浮かべている。
やがて、最後の山賊の呻き声も聞こえなくなり、辺りには死体と血の匂いだけが満ちた。鬼神 龍魔呂は、返り血を浴びた自身の腕を一瞥すると、何も言わずに血糊を軽く払い落とした。そして、仲間たちの方を振り返ることもなく、再び街道を歩き始めた。
「……行くぞ」
その、あまりにも平然とした一言。
ダイヤは言葉を失い、ただ鬼神 龍魔呂の背中を睨みつけていた。「……やりすぎよ……いくら悪党だからって、これは……」
ユイはダイチを抱きしめ、小さく震えている。彼女には、鬼神 龍魔呂の放つ「音」が、先ほどの戦闘中よりもさらに冷たく、深く、そして近寄りがたいものに感じられた。
彼の苛烈な正義、あるいは歪んだ復讐心。それは、時に頼もしい力となるが、同時に仲間たちとの間に、埋めがたい価値観の溝を生み出すのかもしれない。後味の悪い静寂の中、一行は再び、それぞれの思いを胸に、重い足取りで「嘆きの森」へと向かうのだった。




