ep 25
『鬼神と月兎』 第十章:シルバリアの朝
翌朝、シルバリアの太陽が街を明るく照らし始めると、一行は宿屋「銀竜亭」の食堂に顔を揃えた。昨夜は久しぶりのベッドでぐっすり眠れたのか、ダイチは元気いっぱいで、「おはようございます!」と大きな声で挨拶した。ユイも穏やかな微笑みを浮かべている。
「ふぁ〜あ…よく寝たけど、まだ眠いわね…」
ダイヤは大きな欠伸をしながら席に着いたが、すぐに気合を入れ直すようにパンと頬を叩いた。「よし! 今日も一日、稼ぎますか!」
鬼神 龍魔呂は既に席に着いており、いつも通り静かに窓の外を眺めていた。
朝食のメニュー(焼き立てのパン、ベーコンエッグ、新鮮なサラダ、ミルクなど)がテーブルに運ばれてくると、ダイヤはごく自然な動きでダイチの隣の席に滑り込んだ。
「さ、ボウヤ、たくさん食べて今日の依頼に備えるのよ」
そう言いながら、ダイチがミルクの入ったカップを危なっかしく持つのを見て、「あ、危ないわね!」とさっと手を添えて支える。
「もう、ボウヤは見てないと危なっかしいんだから。しっかり持ちなさい」
口調は少しきついが、その声色はどこか優しく、ダイチを見る目も心なしか和らいでいる。
「うん! ありがとう、ダイヤさん!」
ダイチが素直にお礼を言う。
その時、ダイチが少し硬そうなパンにナイフを入れようとして、苦戦しているのに気づいた鬼神 龍魔呂が、向かいの席からすっと手を伸ばした。そして、何も言わずにダイチのパンを取り上げると、自分のナイフで素早く、そして綺麗に切り分けてやった。
「あ…」
ダイチが声を上げるより早く、ダイヤが反応した。
「な、なによ! パンくらい、私が切ってあげるって言ってるでしょ!」
彼女は少しむっとしたように鬼神 龍魔呂を睨む。
「……別に。俺がやった方が早い」
鬼神 龍魔呂は表情一つ変えずに、切り分けたパンをダイチの皿に戻した。
「なんですって!? 別に速さとか関係ないじゃない!」
「あ、あの、二人とも、ありがとう…! どっちも嬉しいよ!」
二人の間に挟まれたダイチは、少し困ったような、でも嬉しそうな顔でオロオロするしかない。
さらに、ダイチがジャムをたっぷりとパンにつけて食べ、口の周りをベトベトにしてしまうと、今度はダイヤが素早くナプキンを取り出した。
「もう、また汚して! 子供ねぇ」
そう言いながら、どこか楽しそうに(そして少し顔を赤らめながら)ダイチの口元を拭いてあげようとした、その瞬間。鬼神 龍魔呂が、これまた無言で、水の入ったコップをダイチの前にすっと置いた。口をゆすぐためだろうか、あるいは単に飲み物が欲しそうに見えたのか。
「だから! 私がやるって言ってるでしょ!」
ダイヤは完全に鬼神 龍魔呂への対抗意識を燃やし始めたようだ。まるでダイチの世話は自分の役割だ、と言わんばかりに睨みつける。
しかし、鬼神 龍魔呂は「……?」と、なぜ彼女が怒っているのか分からない、といった風に首を傾げるだけだった。彼にとっては、目の前で困っている(ように見える)ダイチに、必要な手助けを(無意識レベルで)しているだけなのかもしれない。
「あはは……」
ユイは、その一連のやり取りを、少し困ったような、でも面白そうな表情で見守っていた。ダイヤさんの「音」は、ダイチ様への優しい響きと、龍魔呂様へのライバル心みたいな響きが混ざり合って、なんだか賑やかだ。そして、龍魔呂様の「音」は、相変わらず静かだけど、ほんの少しだけ、ダイチ様に向ける時にだけ、温かい色が見え隠れする…。
「二人とも、ありがとう!」
当のダイチは、そんな大人たちの内心など知る由もなく、世話を焼いてもらえることに(そして、もしかしたら自分のために二人が張り合っている?ことに)素直に喜び、へへっと満面の笑みを浮かべた。
その太陽のような笑顔に、ダイヤはまた胸を高鳴らせて「ふ、ふん!」とそっぽを向き、鬼神 龍魔呂は(本当に一瞬だけだが)厳しい目元をほんの少しだけ緩めた。
和やかで、少しだけ騒がしい朝食の時間が過ぎていく。これから始まるであろう、情報収集と依頼探しに向けて、一行は腹ごしらえを終え、今日の最初の目的地である冒険者ギルドへと向かう準備を始めるのだった。




