ep 24
『鬼神と月兎』 第九章より
賑やかな食堂での夕食を終え、一行は宿屋「銀竜亭」の割り当てられた部屋へと戻った。ユイとダイチ、そして鬼神 龍魔呂とダイヤで二部屋を取っていたが、明日の打ち合わせも兼ねて、いったんユイとダイチの部屋に集まる。
部屋に戻るなり、ダイチは大きなあくびを漏らした。長い旅路と、初めての大都市での刺激、そして仲間たちとの出会い。まだ幼い彼にとって、それは大きな疲労となっていたようだ。
「ダイチ様、もうお眠りになった方がよろしいですよ。着替え、手伝いますね」
ユイは母親のように優しく声をかけ、ダイチが街で新しく買った(ダイヤが値切り交渉を頑張った)簡素な寝間着への着替えを手伝ってやる。
その間、ダイヤは部屋のテーブルにシルバリアの街の地図(これも今日手に入れたものだろう)を広げ、ランプの灯りを頼りに熱心に眺めていた。そして、ペンでいくつかの場所に印をつけながら口を開く。
「さて、明日の予定だけど、まずは朝イチでギルドへ直行ね。情報収集が最優先事項よ。聞きたいことは山ほどあるわ。ダイチのその『勇者の印』のこと、魔王軍とやらの最近の動き、それからロックウッド村を襲った黒蠍団の背後関係…」
「はい」ユイがダイチの寝る準備を終え、会話に加わる。「ギルドには古い文献を扱っている部署もあるかもしれませんし、古参の職員の方なら何か知っているかもしれません。それと、ダイチ様の安全を考えると、このシルバリアの治安状況や、信頼できる情報屋さんについても調べておきたいですね」
部屋の隅で壁に寄りかかり、腕を組んで目を閉じていた鬼神 龍魔呂が、静かに口を開いた。その声は低く、落ち着いている。
「それと、金だ。いつまでもロックウッド村からの謝礼で食いつなぐわけにもいかん。この街で動くには、それなりの金がいるだろう。手っ取り早く、確実に稼げる依頼も同時に探すぞ」
彼の言葉には、有無を言わせぬ現実的な重みがあった。
「そうこなくっちゃ! さすがミスター鬼神、話が早いわ!」
ダイヤが地図から顔を上げ、嬉しそうににやりと笑った。
「高ランク依頼でガッポリ稼いで、この際、新しい武器の一つや二つ、新調したいしね! あー、夢が広がるわぁ!」
彼女はうっとりとした表情で、まだ見ぬ高額報酬と新しい武器に思いを馳せているようだ。
「僕も…明日はちゃんと起きて、たつまろさんの稽古も頑張って…みんなの、役に立てるように……むにゃ……」
ベッドに入ったダイチが、眠そうな目をこすりながら健気な決意を口にしたが、その言葉は最後まで続かず、彼はすうっと安らかな寝息を立て始めた。
「ふふ、おやすみなさい、ダイチ様」
ユイはダイチの額に優しく毛布をかけ直し、慈しむような眼差しで見守った。
「さて、と」ダイヤは地図を畳むと、軽く伸びをする。「ま、今日は疲れたわ。明日に備えて、私も寝るとするわね。おやすみ」
彼女はそう言うと、自分たちの部屋へと戻っていった。
部屋には、鬼神 龍魔呂と、眠るダイチを見守るユイだけが残された。鬼神 龍魔呂は、いつの間にか窓辺に移動し、眼下に広がるシルバリアの夜景を静かに見下ろしていた。無数のランプの灯りが、まるで地上に散りばめられた星のように瞬いている。その光景を目にしながら、彼の脳裏にはどんな思いが去来しているのだろうか。弟のこと、過去の復讐、そして今、新たに関わることになったこの異世界と、小さな勇者のこと…。彼は何も語らない。
ユイもまた、眠るダイチの傍らで、静かに目を閉じた。これから始まるであろう困難な道のりと、それでも仲間たちと共にいることへの確かな希望を感じながら。
大都市シルバリアでの最初の夜。それぞれの思いと、明日への決意を胸に、一行はしばしの休息に入る。彼らを待ち受けるものが何なのか、まだ誰も知らない。夜は静かに更けていった。




