ep 22
『鬼神と月兎』 第八章:鬼神流・崩芯衝
シャドウハウルの群れを退けてから数時間、シルバリアへの道は平穏だった。一行が鬱蒼とした森を抜け、視界が開けた広大な平原に出た時、それは前触れもなく現れた。
ドドドドドド……!!
地面が揺れる。最初は微かだった振動が、急速に大きくなっていく。ユイが鋭く顔を上げ、兎の耳をそばだてた。
「この地響きは…!? 先ほどよりもずっと大きな『音』です! ものすごい速さで近づいてきます!」
彼女の警告と同時に、前方の地平線近くの森が、まるで嵐に襲われたかのようにざわめき、木々を薙ぎ倒しながら、巨大な影が姿を現した。
家ほどもある巨躯。ゴツゴツとした岩のような硬質の皮膚。背中には鋭い結晶質の棘が林立し、巨大な二本の牙が大地を威嚇するように突き出ている。巨大な猪型の魔獣――大型魔獣「アースクェイカー」だ。その巨体から発せられる威圧感と地響きのような唸り声は、ただそこにいるだけで周囲の空気を震わせた。
「うわぁあっ! な、なにあれ!? おっきすぎるよぉ!」
ダイチは思わず悲鳴を上げ、ユイの後ろに隠れた。
「大型魔獣…アースクェイカー…! なぜこんな街道近くに…!?」
ユイも顔面蒼白になり、ゴクリと息を呑む。
「冗談キツイわね…! あんなの、どうやって相手しろって言うのよ!」
ダイヤもその圧倒的な威容に顔を引きつらせ、即座に腰の魔法剣を抜き放ち、さらに魔法収納袋に手をかけた。レイピアでは分が悪い。大剣を出すしかない、と判断したのだろう。
しかし、そんな仲間たちの動揺を尻目に、鬼神 龍魔呂はただ静かに、その巨大な脅威を見据えていた。彼は仲間たちに一言だけ告げる。
「……下がってろ」
そして、一人、アースクェイカーに向かってゆっくりと歩き出した。まるで散歩でもするかのように、落ち着き払った足取りで。
「……道の真ん中で邪魔だ。どけ」
彼の言葉が挑発となったのか、あるいは縄張りを侵す小さな存在への侮りか、アースクェイカーは低く、大地を揺るがすような咆哮を上げた。そして、巨大な蹄で地面を数回蹴ると、目標を鬼神 龍魔呂一人に定め、凄まじい勢いで突進を開始した!
ドドドドドドドドッ!!
地響きと共に、巨大な質量が迫る。全てを薙ぎ倒し、踏み潰さんとする、まさしく暴走する城壁。ユイとダイチは思わず目を閉じ、ダイヤも「避けなさい!」と叫んだ。
誰もが、彼が巨大な蹄に踏み潰される光景を想像した、その刹那。
鬼神 龍魔呂の姿が、ふっと陽炎のように掻き消えた。
アースクェイカーの巨体が、空しく彼がいた場所を通過する。彼は魔獣の突進を余裕で回避し、その巨大な側面に回り込んでいた。そして、その動き、硬そうな皮膚、そして弱点となりそうな箇所――分厚い筋肉に覆われた脇腹の一点を、冷静に見極める。
「(…なるほど、図体がデカいだけで、動きは単調か。硬さだけが取り柄、というわけか。ならば――)」
左手の中指にはめた黒い指輪が、彼の意志に応えるように赤黒い光を放つ。次の瞬間、彼の全身から、先ほどの手合わせの時とは比較にならないほど濃密で、禍々しい赤黒い闘気が、まるで噴き出すように立ち昇った!空気がビリビリと震え、周囲の草が闘気の圧力でざわめく。
アースクェイカーが方向転換し、再び彼に向かって突進してくるのに合わせ、鬼神 龍魔呂は右の拳を強く握りしめ、そこに膨大な闘気を極限まで凝縮させ始めた。まるで小さな闇の太陽のような、禍々しくも強大なエネルギーの塊が、彼の拳の上で渦巻く。
そして、突進してくるアースクェイカーの脇腹、先ほど狙いを定めた一点へ。彼は低く、しかし戦場に響き渡るような声で、その技の名を告げた。
「鬼神流――崩芯衝!!」
凝縮された闘気を纏った拳が、アースクェイカーの硬質な脇腹へと、吸い込まれるように突き刺さった。
直後、轟音!!
拳を中心に、赤黒い衝撃波が魔獣の巨体内部で炸裂した! 鋼のような皮膚が内側から弾け飛び、骨が砕け、内臓が破裂する凄まじい破壊の奔流が、アースクェイカーの全身を瞬時に駆け巡る。
巨獣は、断末魔の叫びを上げることすら許されず、その巨大な身体をくの字に折り曲げた。内部から完全に破壊され尽くし、生命の光を失って、轟音と共に大地へと崩れ落ちた。
巻き上げられた土煙が晴れると、そこにはピクリとも動かなくなったアースクェイカーの巨大な亡骸だけが横たわっていた。鬼神 龍魔呂の一撃は、まさしく相手の「芯」を「崩す」、必殺の威力を見せつけたのだ。
「…………」
ダイヤは、大剣を取り出す寸前だった手を下ろし、ただ呆然とその光景を見つめていた。
「(…今の技…! 崩芯衝…? とんでもない威力……。闘気を内部で炸裂させるなんて…! やっぱり、格が違いすぎるわ……化け物ね、本当……)」
ユイとダイチも、口を開けたまま言葉を失っている。ただただ、目の前で繰り出された圧倒的な技とその結果に、打ちのめされていた。
当の本人は、拳に纏っていた闘気をふっと霧散させると、巨大な魔獣の亡骸には興味も示さず、何事もなかったかのように、再び街道を歩き始めた。まるで、少し大きな石ころを道端に蹴り飛ばした程度であるかのように、平然と。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 今の技は何なのよ!?」
我に返ったダイヤが、慌てて声を張り上げた。
「あんた、あんな凄い技隠してたわけ!? …ま、まあ、これで邪魔者はいなくなったわけだし、結果オーライだけど! さすがね、ミスター鬼神!」
彼女はいつものように強がって見せるが、その声には隠しきれない驚愕と興奮、そしてほんの少しの畏怖が滲んでいた。
ユイとダイチも、慌てて鬼神 龍魔呂の後を追う。彼の背中が、先ほどよりもさらに大きく、そして頼もしく見えた。彼の圧倒的な強さと、その内に秘めた計り知れない力が、この先の旅の大きな支えになることを、改めて実感したのだった。四人は、鬼神 龍魔呂の絶対的な強さを胸に刻み込みながら、再びシルバリアへの道を歩み始めた。




