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ep 2

『鬼神と月兎』 第二章より

石畳の道を踏みしめ、龍魔呂はユイの後ろを少し離れて歩いていた。ユイは、少しでも彼の助けになろうと、一生懸命に周囲の建物や行き交う人々について説明している。

「あちらが冒険者ギルドです。ダイチ様の情報を得るなら、あそこが良いかもしれません」「この辺りは職人街で、鍛冶屋さんや革細工のお店が並んでいます」「見てください、龍魔呂様!あれはポポ鳥といって、荷物を運んでくれる便利な鳥なんですよ!」

ぴょこぴょこと動く兎の耳が、彼女の健気さを表しているようだった。だが、龍魔呂はほとんど反応を示さない。時折、鋭い視線で街の構造や人々の装備、警戒態勢などを観察しているようだったが、口を開くことは稀だった。街は一見活気があるように見えるが、辻々に立つ武装した衛兵の姿や、時折聞こえてくる魔王軍の噂話をする人々の声が、この世界に漂う不穏な空気を感じさせた。

しばらく歩き、ユイが不意に立ち止まって龍魔呂を振り返った。

「あの、龍魔呂様…そろそろお昼にしませんか? きっとお腹も空いているでしょうし、少し休みましょう。この先に、安くて美味しいと評判の食堂があるんです!」

気遣わしげにこちらを見上げるユイの瞳に、龍魔呂は短く「…ああ」とだけ応じた。

案内されたのは、大通りから少し入った路地にある、木造の小さな食堂だった。年季は入っているが、掃除は行き届いているようで清潔感がある。「旅人食堂・やまねこ亭」と書かれた看板が下がっていた。

中に入ると、木のテーブルと椅子がいくつか並び、昼時を少し過ぎているためか、客はまばらだった。屈強な体つきの冒険者風の男たちや、商人らしい親子連れがいる。龍魔呂とユイが入ってくると、幾人かの視線が彼らに注がれた。特に、月兎族であるユイの姿は珍しいのか、好奇の目が集まる。龍魔呂の放つ尋常ならざる雰囲気も、人々を少し緊張させているようだった。

奥のテーブルに腰を下ろすと、人の良さそうな恰幅の良い女将が注文を取りに来た。壁に掛けられたメニューには、見たこともない文字と料理名が並んでいる。龍魔呂はそれに一瞥もくれず、窓の外に視線を向けたままだった。

「えっと、おすすめの『森猪もりいのししの香草焼き定食』を二つお願いします!」

ユイがテキパキと注文し、小さな革袋から銅貨のようなものを数枚取り出して支払いを済ませる。異世界の通貨や習慣に全く頓着しない龍魔呂の分も、彼女が気を利かせているのだ。

やがて、木の皿に乗せられた料理が運ばれてきた。分厚く切られた肉の塊が、食欲をそそる焼き目をつけて湯気を立てている。緑色の香草が散らされ、傍らには紫色の芋のようなものと、ふっくらと炊かれた麦のような穀物が添えられていた。異世界独特の、しかし決して不快ではない香りが漂う。

龍魔呂は無言で木製のフォークとナイフを手に取り、肉を切り分けると口に運んだ。野生的な力強い肉の旨味と、爽やかな香草の風味が口の中に広がる。添えられた芋はほんのり甘く、穀物は噛むほどに素朴な味わいがあった。悪くない。彼は内心でそう評価しつつ、黙々と食事を進めた。

ユイは、龍魔呂が拒絶せずに食べているのを見て、ほっとしたように表情を和らげ、自分も小さな口で料理を頬張り始めた。

「良かった、お口に合ったみたいで…」

「……」

「あの、これからどうしましょうか。ギルドでダイチ様の情報を聞いてみますか? それとも、他に何か手がかりを…」

「……それで、お前はどうするつもりだ」

不意に龍魔呂が問いかけた。食事の手は止めずに、視線も合わせないまま。

「え?」

「その勇者とやらが見つかったとして、その後だ。魔王とやらに勝算はあるのか。お前一人で守りきれるのか」

「それは…」ユイは言葉に詰まり、フォークを置いた。「正直、不安はあります。魔王軍の力は強大ですし、わたくしだけの力では…。でも、ダイチ様は希望の光なんです。あの方には、人々を惹きつけ、勇気づける不思議な力がある。それに、わたくしはダイチ様を守ると誓ったんです。どんなことがあっても、最後まで!」

きゅっと拳を握りしめるユイ。その「音」には、不安と共に、強い決意と覚悟が響いていた。

龍魔呂は、ふーん、と鼻を鳴らしただけだった。その反応が肯定なのか否定なのか、ユイには分からない。だが、彼が自分の話を聞いてくれたこと、そして、こうして一緒に食事をしてくれていることに、彼女は少しだけ心が温かくなるのを感じていた。この恐ろしく強い人は、根は優しいのかもしれない、と。

やがて二人は食事を終え、店を出た。日は少し西に傾き始めている。異世界での最初の食事は、ひとときの休息をもたらしたが、同時にこれから立ち向かうべき問題の大きさを改めて感じさせるものでもあった。

「さて、どうするか…」

龍魔呂は、街の喧騒へと再び視線を向け、低く呟いた。

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