ep 17
『鬼神と月兎』
第七章:鬼神とウェポンズマスター
ロックウッド村を出発する日の朝。鬼神 龍魔呂が宿の近くで簡単な準備運動を終えたところに、同じくウォーミングアップを済ませたダイヤが、自信に満ちた笑みを浮かべて近づいてきた。
「ねぇ、ミスター鬼神。出発前に景気づけと行かない?」
「……景気づけだと?」
「手合わせよ、手合わせ! 昨日、あなたの力の一端は見たけど、もっとちゃんと知っておきたいの。それに…」ダイヤは悪戯っぽく目を細める。「私も少しは腕に覚えがあるのよ? あなたがどれほどのものか、試させてもらうわ」
その金色の瞳には、純粋な好奇心と、強者としての矜持が宿っていた。鬼神 龍魔呂は、普段なら面倒だと一蹴するところだが、彼女の真っ直ぐな挑戦心と、自身の内に燻る闘争本能が刺激され、口元に微かな笑みを浮かべた。
「…いいだろう。受けて立つ。ただし、ルールは寸止めだ。手加減はできんかもしれんがな」
「望むところよ!」
二人は村の外れにある、朝露に濡れた草が広がる開けた場所へと移動した。ユイとダイチは、期待と少しの不安が入り混じった表情で、少し離れた木の陰から二人を見守っている。
「いつでもどうぞ?」
ダイヤは言うと、腰から魔法剣を引き抜き、左腕にはバックラータイプの小盾を構えた。そして、右手の指にはめられた、シンプルな銀の指輪に意識を集中させる。すると、指輪が淡く輝き始め、彼女の全身から柔らかな金色の闘気のオーラが立ち昇った。オーラはレイピアとバックラーにも纏わりつき、武器がさらなる力を得たように輝きを増す。
「あら、驚いた? あなただけじゃないのよ、そういう特別な力を使えるのは」
ダイヤは挑発するように微笑んだ。
「…ほう」
鬼神 龍魔呂は、ダイヤの放つ闘気に少し目を見開いたが、すぐに獰猛な、楽しげな笑みを深めた。
「それは面白い。ならば、こちらも遠慮はいらんな」
彼の左手中指の黒い指輪もまた、呼応するように赤黒い光を放ち始める。大地を揺るがすような、荒々しく、しかし強大な赤黒い闘気が、彼の全身から立ち昇った。空気は張り詰め、二人の闘気がぶつかり合い、周囲の空間が歪むように感じられた。
「行くわよ!」
ダイヤが動いた。金色の闘気を纏った彼女の動きは、先ほどまでの比ではない。瞬時に距離を詰め、黄金の軌跡を描くレイピアの切っ先が、鬼神 龍魔呂の急所を連続で襲う!
鬼神 龍魔呂もまた、赤黒い闘気を全身に纏い、それに応じる。ダイヤの高速の突きを、闘気を纏った腕で弾き、薙ぎ払いを最小限の動きで躱す。金色の闘気と赤黒い闘気が激しくぶつかり合い、バチバチと火花のようなエネルギーが散った!
「はあっ!」
ダイヤはバックラーで鬼神 龍魔呂の重い拳を受け止めつつ、その勢いを利用して回転。死角から闘気を込めた投げナイフを数本放つ。金色の軌跡を描くナイフが、鬼神 龍魔呂に迫る!
「無駄だ!」
鬼神 龍魔呂は赤黒い闘気を爆発させ、飛来するナイフを全て弾き飛ばすと同時に、ダイヤへと突進。闘気を凝縮させた拳を叩き込む!
ダイヤはそれをレイピアで受け流そうとするが、闘気の威力は凄まじく、剣ごと体勢を崩される。しかし、彼女は即座に魔法収納袋から銀色のワイヤーを取り出し、闘気を流し込んで鬼神 龍魔呂の足元へ放つ!金色の罠が彼を捕らえようとするが、鬼神 龍魔呂はそれを意にも介さず、闘気の力でワイヤーを引きちぎった。
「やるじゃない!」
「そちらこそな!」
二人の実力は拮抗していた。ダイヤの多彩な武器とテクニック、洗練された金色の闘気。鬼神 龍魔呂の圧倒的なパワーと戦闘経験、荒々しく破壊的な赤黒い闘気。スピードとパワー、技巧と経験が、目まぐるしく交錯する。見守るユイとダイチは、そのあまりにも高レベルな攻防に、ただ息を呑むばかりだった。
戦いがクライマックスに近づく。ダイヤは距離を取ると、レイピアに自身の闘気を最大限に注ぎ込んだ。剣身が眩い黄金の輝きを放ち、まるで光そのもののような切っ先となる。
「これで決める! シャイニング・テンペスト!」
ダイヤの渾身の一撃。黄金の嵐のような突進が、鬼神 龍魔呂へと迫る!
鬼神 龍魔呂もまた、その一撃を真っ向から受け止めるべく、右拳に自身の持つ赤黒い闘気を極限まで凝縮させていた。まるで小さな闇の太陽のような、禍々しくも強大なエネルギーの塊。
彼はダイヤの黄金の突きを、紙一重で受け流すように身を躱しながら、カウンターでその赤黒い拳を放った。
「鬼神流――」
技の名を呼ぶまでもない。ただ、純粋な破壊の意志が込められた一撃。赤黒い闘気の塊が、ダイヤの革鎧の寸前で、その凄まじいエネルギーを孕んだまま、ピタリと静止した。爆発寸前のエネルギーの奔流が、ダイヤの金髪を激しく揺らす。
「……そこまで、だ」
静かな宣告と共に、鬼神 龍魔呂は拳に込めた闘気を霧散させた。ダイヤもまた、レイピアの輝きを収め、肩で大きく息をついた。額には汗が光り、少し悔しそうな、しかしどこか満足げな表情を浮かべている。
「……はぁー……参ったわ。闘気を使っても、あなたには敵わないみたいね。化け物だわ、まったく」
「お前もな」
鬼神 龍魔呂は、今度ははっきりと口元に笑みを浮かべて答えた。その笑顔は、普段の彼からは想像もできないほど、戦いを楽しんだ者のそれだった。
「なかなか骨があった。悪くない肩慣らしになった」
互いの実力を認め合い、言葉は少なくとも、確かな信頼感が二人の間に生まれたのが分かった。見守っていたユイとダイチも、ほっと安堵の息をつき、二人の強さに改めて感嘆していた。
「ふんっ、次は負けないわよ!」
ダイヤは強気に言い返すと、レイピアを鞘に納め、ユイとダイチの方へ振り返った。
「さあ!茶番はこれでおしまい! いつまでもこんな所で油を売ってないで、とっとと出発するわよ! お腹も空いたしね!」
いつもの調子を取り戻したダイヤが先導するように歩き出す。手合わせを経て、四人の絆はまた少し深まったようだった。彼らの本当の旅は、まだ始まったばかりだ。




