ep 15
『鬼神と月兎』 第六章より
盗賊団の脅威が去り、ロックウッド村には安堵と、そして復興への微かな希望の光が戻りつつあった。村人たちからの心からの感謝を受け、鬼神 龍魔呂たち一行は、村長に案内された比較的被害の少なかった集会所で、ようやく一息つくことができた。村人が差し入れてくれた温かいスープと硬いパンが、疲れた体に染み渡る。窓の外は、既に夕闇が迫っていた。
ダイチは、先ほどの出来事を思い返しているのか、少しぼんやりとスープを啜っていた。ユイが隣で優しく声をかけている。鬼神 龍魔呂は、壁に背を預け、目を閉じて休息しているのか、あるいは何かを考えているのか、静かに座っていた。
ふと、ダイヤがカップを置き、隣に座るダイチの顔をじっと見つめた。ダイチは気づいて、少し緊張したように顔を上げる。
「な、なに? ダイヤさん…」
「ねぇ、ボウヤ」
ダイヤは悪戯っぽく片方の口角を上げた。
「さっきの、すごかったじゃない」
「え?」
きょとんとするダイチに、ダイヤはカップを持たない方の手で、ぽん、と軽く彼の肩を叩いた。
「あの鬼神みたいな男(ちらりと鬼神 龍魔呂を見る)が、今にもあの頭目を殺しそうな状況でさ。怖かったでしょうに、よく前に飛び出せたわね。正直、見てるこっちは肝が冷えたけど、大した度胸よ。なかなかできることじゃないわ、あれは」
ダイヤのストレートな称賛に、ダイチは少し驚いたように目をぱちくりさせた。そして、次の瞬間、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「そ、そんなことないよ…僕はただ、怖くて、やめてほしくて…」
「ふふ、それが勇気ってものよ」
ダイヤは、今度はダイチの頭を、姉が弟にするように、少し乱暴に、でも優しくぐしゃぐしゃと撫でた。
「それに、ギルドで言ってたんでしょ?『困っている人を助けたい』って。その気持ち、本物みたいね。さっきの行動がそれを証明してるわ」
ダイヤはダイチから手を離し、カップを手に取ると、窓の外に広がる夕焼け空を見つめた。その横顔は、先ほどまでの戦士としての鋭さが少し和らぎ、どこか優しい雰囲気を纏っている。
「……あんたみたいな子が勇者様だって言うなら、こんなクソみたいな世界も、少しはマシになるのかもしれないわね」
それは、独り言のようでもあり、ダイチへの期待のようでもあった。彼女の声には、確かに温かい響きがあった。
「その気持ち、絶対に忘れないことね。小手先の技や力よりも、その真っ直ぐな心が、きっと一番大事な力になるわ」
ダイチは、顔を上げてダイヤを見つめた。金色の髪が夕日に照らされてキラキラと輝き、自分を真っ直ぐに見つめるその強い瞳は、とても綺麗だと思った。そして、自分のことを認めて、褒めてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
「……うん! ありがとう、ダイヤさん! 僕、頑張るよ!」
ダイチは満面の笑みで力強く頷いた。その笑顔は、彼の持つ純粋さと素直さを何よりもよく表していた。
「ふふ、頼もしいわね、勇者様」
ダイヤは満足そうに微笑んだ。
ユイは、そんな二人のやり取りを、自分のことのように嬉しく思いながら見守っていた。ダイヤさんの「音」は、普段は鋭く尖っているけれど、ダイチ様に向ける時は、とても優しくて温かい響きがする。彼女は、この新しい仲間に対して、確かな信頼感を抱き始めていた。
壁際で目を閉じていた鬼神 龍魔呂は、その間もずっと黙っていた。だが、その耳は確かに、ダイヤとダイチの会話を捉えていただろう。ダイチに向けられるダイヤの温かい視線と、それに応えるダイチの嬉しそうな声。そのやり取りを聞きながら、彼の心に去来したものは何だったのか。それは、彼自身にもまだ分からなかったのかもしれない。
「ま、感心するのはこれくらいにして、さっさと次のことを考えましょ!」
ダイヤはカップを置くと、パンッと手を叩いていつもの調子に戻った。
「村の安全は一応確保したけど、根本的な解決にはなってないわ。それに、何より私のお財布が寒くて凍えそうなのよ! 約束の報酬はきっちり貰わないとね!」
彼女の現実的な言葉に、場の空気が切り替わる。
「そうですね! 村長さんにお話を聞きに行きましょう!」
ユイも頷き、ダイチも「うん!」と元気よく立ち上がった。
一時的な休息は終わった。彼らは、新たな仲間と共に、次なる問題と、そして自分たちの進むべき道へと向き合い始めるのだった。




