ep 14
『鬼神と月兎』 第六章:小さな感謝
頭目の絶命を確認し、鬼神 龍魔呂はしばしその場に佇んでいた。凄惨な殺戮の痕跡と、自身の内にまだ燻る激情の残滓を感じながら。やがて、ダイヤたちが人質の解放(幸い、無事だったようだ)と負傷者の手当てを終え、彼の元へ合流した。四人が屋敷の外へ出ると、村はまだ静まり返ってはいたが、先ほどとは明らかに違う空気が流れていた。家々の影から恐る恐る顔を出した村人たちが、賊の脅威が去ったことを悟り、安堵の表情を浮かべて集まり始めていたのだ。
やがて、村の中央広場に四人が戻ると、生き残った村人たちが彼らを取り囲み、次々に感謝の言葉を口にした。
「ああ、ありがとうございます!本当に、ありがとうございます!」
「あなた様方がいなければ、我々は皆殺しにされていたでしょう…!」
「このご恩は決して忘れません!」
涙ながらに手を合わせる老人、深々と頭を下げる若者。特に、オークを一蹴し、単身で盗賊団の拠点を壊滅させた鬼神 龍魔呂と、華麗な剣技で残党を制圧したダイヤには、畏敬と感謝の眼差しが集中した。
村長らしき白髪の老人が、ユイに付き添われたダイチの前に進み出て、深く頭を下げた。
「おお、勇者様!よくぞ、ご無事で戻られました…!そして、我らを救うために、このような頼もしき方々を…!」
しかし、ダイチはその言葉に力なく首を振った。
「ううん、違うんだ、村長さん…。僕は、怖くて見ていただけだもん。何もできなかった…。みんなを助けてくれたのは、たつまろさんや、ダイヤさん、それにユイさんだよ」
自分の非力さを改めて痛感し、彼は俯いてしまう。勇者と呼ばれても、今の自分にはその資格なんてない、と感じているのだろう。
ユイが「そんなことありませんよ、ダイチ様。あなたがいてくれたから…」と慰めようとした、その時だった。人垣を分け、一人の母親が小さな女の子の手を引いて、鬼神 龍魔呂の前へと進み出た。それは、先ほど彼が廃墟の中で出会い、木彫りの兎を渡した女の子だった。母親は深々と頭を下げ、娘の背中をそっと押す。
女の子は、まだ少し鬼神 龍魔呂のことが怖いのかもしれない。母親の後ろに隠れそうになりながらも、小さな手にしっかりと握りしめた木彫りの兎を、宝物のように見せた。そして、一生懸命、言葉を紡いだ。
「……お、おにいちゃん。……これ、ありがとう」
その声は小さく、震えていたけれど、真っ直ぐに鬼神 龍魔呂に向けられていた。
「こわかったけど……これ見てたら、だいじょうぶだったの。……ありがと」
何の裏もない、ただ純粋な感謝の言葉。それは、まるで乾いた大地に染み込む一滴の水のように、鬼神 龍魔呂の荒れ果てた心の奥深くに、静かに、しかし確かに届いた。
顔面蒼白だった彼の頬に、ほんのわずかだが、血の気が差したように見えた。殺意と憎悪に燃えていた瞳の奥の激しい光が、ふっと和らぎ、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、穏やかな色が宿る。彼は何も言わなかった。ただ黙って、小さな女の子を見下ろしていた。そして、その大きな手が、まるで何かに導かれるように、ゆっくりと上がり――女の子の小さな頭を、くしゃり、と少し乱暴に、けれど確かに優しく撫でた。
「!」
女の子は驚いたように目を丸くし、母親は慌てて再び頭を下げた。周囲の村人たちも、鬼神 龍魔呂の意外な行動に少し驚いた様子だった。
ユイとダイヤは、その光景を静かに見守っていた。ダイヤは少し意外そうな顔をしていたが、ユイは鬼神 龍魔呂の纏う「音」が、先ほどの破壊的な響きから、今は少しだけ、本当に微かにだが、温かく、そして切ない色合いに変わっているのを感じ取っていた。彼の心の氷が、ほんの少しだけ溶けたのかもしれない、と。
鬼神 龍魔呂はすぐに手を離し、いつもの無表情に戻ると、踵を返して村人たちの輪から離れようとした。
「たつまろさん…」
ダイチが何か言いたそうに声をかけるが、彼は答えずに歩き出す。だが、その背中には、もう先ほどまでの近寄りがたい殺気は感じられなかった。
「やれやれ、人助けも楽じゃないわね」
ダイヤがわざと大きな声で言い、肩をすくめた。
「ま、一件落着ってことで! さーて、村長さん? 約束の報酬の話と、それから温かい食事と寝床をお願いできるかしら? 私、お腹ペコペコなのよ! 武器のメンテ代も稼がなきゃならないし!」
彼女の現実的な言葉に、場の空気が少し和む。
「は、はい!もちろんですとも! ささ、こちらへ!」
村長が慌てて一行を案内しようとする。ユイとダイチも、鬼神 龍魔呂の後を追った。村にはまだ多くの問題が残っているだろう。失われたものは大きい。それでも、盗賊の脅威が去った村には、夕暮れの優しい光と共に、確かな希望の兆しが見え始めていた。そして、鬼神 龍魔呂の心にもまた、小さな、しかし確かな変化の兆しが訪れていたのかもしれなかった。




