ep 11
『鬼神と月兎』 第五章:鬼神、怒る
ロックウッド村へ続く街道を急いだ四人が目にしたのは、想像以上に酷い惨状だった。村の入り口を示す簡素な木の門は無残に破壊され、本来なら畑が広がるはずの場所は荒らされ、作物が踏みつけられている。村の中へ足を踏み入れると、その悲劇はさらに色濃くなった。
家々の扉は蹴破られ、窓ガラスは割れ、あちこちから黒い煙が細く立ち上っている。道には家財道具が散乱し、略奪の跡が生々しい。人の気配は少なく、時折、壊れた家の中からすすり泣く声や、痛みに呻く声が聞こえてくるだけだった。まるで、死んだように静かな村。しかし、その静寂は、恐怖と絶望によって支配されていた。
「ひどい……なんてことだ……」
ダイチは目の前の光景に息を呑み、小さな手を固く握りしめた。その瞳には、みるみるうちに涙が溜まっていく。
「ああ……なんて悲しい『音』……苦しい……」
ユイは優れた聴覚が拾ってしまう村人たちの悲嘆に、自身の耳を塞ぎたくなるのを必死で堪え、顔を歪めた。
「クズどもが……!」
ダイヤは拳を固め、金髪を振り乱さんばかりに怒りを露わにした。その整った顔立ちは憤怒に歪み、腰に手をやる。いつでも武器を抜ける体勢だ。「絶対に許さない……!」
鬼神 龍魔呂は、ただ黙って、その全ての光景を目に焼き付けていた。彼の表情は能面のように変わらない。だが、その全身から放たれる空気は、先ほどまでの穏やかさ(?)とは明らかに異なり、氷のように冷たく、張り詰めていた。彼の魂は、悪党の蛮行を前に、静かに怒りの温度を上げていた。
その時だった。
「おかあさーん……うわああああん……! どこぉ……?」
半壊した家屋の影から、幼い子供の甲高い泣き声が響いてきた。それは、ただただ親を求める、純粋で、そして絶望的な響きを持っていた。
その声が、鬼神 龍魔呂の耳朶を打った瞬間――彼の世界から、音が消えた。
サッと、顔から血の気が引いていく。呼吸が浅くなり、大きく見開かれた瞳は焦点を失い、過去の悪夢を映し出していた。燃え盛る炎、嘲笑う観客、そして、無残に蹂躙され、息絶えた弟の姿……。守れなかった後悔と、世界への憎悪が、心の奥底から奔流のように溢れ出す。
「……っ!」
顔面蒼白になりながら、彼はよろめくように、声のする方へと歩き出した。その足取りは覚束ないのに、放たれる気配は異常なまでに鋭く、冷たい。
「たつまろさん!?」
ダイチが心配そうに声をかけるが、鬼神 龍魔呂の耳には届いていないようだった。
壊れた家の瓦礫の陰に、小さな女の子が一人、座り込んで泣きじゃくっていた。年は4つか5つくらいだろうか。煤で汚れ、服も破れている。鬼神 龍魔呂は、その子の前にゆっくりと膝をついた。そして、震える手で懐を探ると、小さな木彫りの兎(それは彼が道場で退屈しのぎに彫ったものだった)を取り出し、無言で女の子に差し出した。
女の子は、突然現れた恐ろしげな男に一瞬怯えたが、差し出された兎と、男の(蒼白ではあるが)どこか悲しげな瞳を見て、少しだけ泣き止み、おずおずとそれを受け取った。その瞬間だけ、ほんの一瞬だけ、鬼神 龍魔呂の表情に人間らしい感情がよぎったように見えた。
だが、それも束の間だった。
彼は静かに立ち上がると、その全身から、抑えきれないほどの凄まじい殺気を迸らせ始めた。瞳は赤く充血し、もはや人間的な感情は窺えない、冷酷無慈悲な光を宿している。それは、かつて戦場で敵という敵を恐怖に陥れた、「DEATH4」の目だった。
「……許さん」
地を這うような、低く、凍てつくような声が漏れた。悪党への怒りだけではない。弟を守れなかった自分自身への、そしてこんな悲劇を許容する世界そのものへの、底なしの憎悪が込められていた。
彼は仲間たちを振り返ることもなく、村の奥、盗賊団が拠点にしているであろう、ひときわ大きな屋敷(元村長の家だろうか)の方角へと、一直線に歩き出した。一人で。その背中からは、「皆殺し」という明確な意志が発せられているようだった。
「ま、待って! たつまろさん、一人で行くの!?」
「待ちなさい! 単独行動は危険よ!」
ダイチとダイヤが慌てて叫ぶが、鬼神 龍魔呂は足を止めない。その歩みは、先ほどまでのよろめきが嘘のように、確固として迷いがなかった。
「龍魔呂様の『音』が…! 怒りと、悲しみと、それに…すごく危険な『殺意』の音に変わってる…!」
ユイは彼の放つ、あまりにも強烈で破壊的なオーラに圧倒され、動けずにいた。
「どうしよう…! あの様子、普通じゃないわ! 放っておいたら、何を仕出かすか…!」
ダイヤが状況の異常さを即座に判断し、歯噛みする。
鬼神 龍魔呂の単独行動。それは、彼の持つ圧倒的な力の発露であると同時に、彼の最も危険な脆さの表れでもあった。残された三人は、彼の暴走を止めに向かうべきか、それともまず村人たちの救助を優先すべきか、混乱と焦りに包まれながら、その背中を見送るしかなかった。




