ep 10
『鬼神と月兎』 第四章より
朝食を終えた鬼神 龍魔呂、ユイ、ダイチの三人は、冒険者ギルドへと足を運んだ。午前中のギルドは、依頼を探す冒険者や、依頼を終えて報告に来た者たちで活気に満ち溢れていた。酒場のカウンターのような受付、武具の手入れをする屈強な男たち、情報交換に花を咲かせるパーティー。異世界ならではの喧騒がそこにはあった。
三人は、広間の壁一面に貼られた依頼書の前へと進んだ。羊皮紙に書かれた依頼は多種多様だ。「薬効のある『月光草』の採取」「鉱山に出没するコボルトの討伐」「隊商の護衛」など、難易度も様々。
「うわぁ、たくさんあるね…」
ダイチは目を輝かせながら、一つ一つの依頼書を興味深そうに眺めている。ユイはその隣で、ダイチでも安全に手伝えそうな依頼はないか、報酬と内容を吟味していた。鬼神 龍魔呂は、腕を組んで壁に寄りかかり、周囲の冒険者たちの様子を観察している。
その時、ダイチがある一枚の依頼書の前で足を止めた。それは他の依頼書よりも大きく、赤いインクで「緊急」と書かれているものだった。
【緊急依頼】隣村ロックウッド、盗賊団『黒蠍団』に襲撃さる!
村は現在、盗賊団により占拠状態。村人の安否不明、人質の可能性あり。
至急、救援及び盗賊団の討伐を求む! 報酬:金貨10枚+村からの謝礼。
危険度:高(黒蠍団は凶悪、頭目は元騎士団員との噂あり)
依頼書の内容を読み進めるうちに、ダイチの顔から血の気が引いていくのが分かった。
「ひどい……村が襲われてるなんて……村の人たちが、人質に…?」
彼は依頼書を小さな手で握りしめ、蒼白な顔を上げた。その瞳には、怒りと、強い決意が宿っている。
「行かなきゃ! 僕、行くよ! 困っている人がいるのに、見捨てるなんてできない!」
「ダ、ダイチ様! お気持ちは痛いほど分かりますが、危険すぎます!」
ユイが慌ててダイチを止めようとする。
「相手は凶悪な盗賊団なのですよ!? それに、まだダイチ様は戦う力だって…!」
鬼神 龍魔呂は、二人のやり取りを聞きながらも、黙って依頼書に視線を落としていた。その表情は能面のように変わらない。だが、非力な村人を蹂躙する悪党の存在は、彼の心の奥底にある「許せないもの」の琴線に触れていた。悪は、断つ。それが、彼が傭兵時代から、あるいはもっと前から貫いてきた流儀の一つでもあった。ダイチを危険に晒すのは本意ではないが、この状況を見過ごすのも、また彼の性に合わなかった。
その時だった。
「――その通りね。悪党の好きにはさせないわ」
凛とした、強い意志を感じさせる声が、すぐそばから響いた。ハッと顔を上げると、そこには一人の若い女性が立っていた。体にぴったりとフィットする黒い革鎧に、動きやすそうな深緑のズボン。腰には大小様々なポーチがいくつも付けられ、腕や太腿にも何かが巻かれている。輝くような金髪を機能的に一つに束ねているが、その整った顔立ちは疑いなく美人と呼べるものだった。しかし、その美しい顔立ちとは裏腹に、鋭い眼光が依頼書に向けられており、甘さは感じられない。全身から、ただ者ではない気配と、鍛え上げられたしなやかな強さが感じられた。
彼女もまた、同じ緊急依頼の貼り紙を見ていたようだ。
「非力な村人を襲って、略奪や人質を取るなんて…本当に虫唾が走るわね。絶対に許せない」
彼女――ダイヤは、ふと隣のダイチに気づき、その真剣な表情を見て少し目を細めた。
「あなた、小さいのに偉いわね。その正義感、とても良いと思うわ」
そして、ダイヤは鬼神 龍魔呂へと視線を転じた。値踏みするような、鋭い視線。
「あなたも、相当な手練れのようね。その気配、隠しきれていないわよ。どうかしら? 私と組んで、あの村を救わない? もちろん、この勇気あるボウヤと、可愛いウサギちゃん(ユイの耳を見て)の安全は確保しながら、ね」
突然の申し出に、ユイとダイチは目を丸くする。鬼神 龍魔呂は、ダイヤの全身を観察するように見返した。隠された武器の気配、淀みない闘気、そして何より、その瞳の奥に揺らぎない正義の色を見た。実力は未知数だが、少なくとも口先だけの女ではない。
ダイチの強い意志。自身の悪への怒り。そして、新たな戦力。鬼神 龍魔呂は、短く息をついた。
「……仕方ないな」
彼はダイヤに向かって言った。
「足手まといになるなよ」
その言葉は、承諾を意味していた。彼は壁から離れると、掲示板から緊急依頼の貼り紙を剥がし取った。
「行くぞ」
「うん!」ダイチの顔がぱっと輝いた。「一緒に頑張ろう、ダイヤさん!」
「ふふ、頼もしいわね、勇者様? 私はダイヤ。よろしく」
ダイヤはダイチに悪戯っぽく笑いかけると、鬼神 龍魔呂にも改めて向き直った。「あなたもね、ミスター鬼神…とでも呼べばいいかしら?」
「…好きにしろ」
鬼神 龍魔呂はそっけなく答える。
ユイは、まだ状況の急展開に戸惑いながらも、ダイヤという頼もしい仲間(特に女性の)が加わったことに、少しだけ安堵の色を見せていた。
こうして、鬼神 龍魔呂、月兎族のユイ、勇者の少年ダイチ、そして金髪の美人ウェポンマスター・ダイヤという、奇妙で、しかし強力な可能性を秘めた四人組のパーティーが、ここに結成された。彼らの最初の目的は、盗賊団「黒蠍団」に襲われたロックウッド村の解放。新たな仲間と共に、彼らはギルドを後にし、急ぎ村へと向かうのだった。




