復帰戦
翌朝、俺は森の入り口に立っていた。
自警団の簡易な偵察に同行することになったのだ。
実際は“訓練の一環”という扱いだったが、誰もがどこか緊張していた。
森の中は静かで、どこか湿った空気が漂っている。
俺は先頭ではなく、後方の斥候に近い位置で歩いていた。
前回、あの魔獣を倒したのは、偶然だったかもしれない。
でも、自分の中では“通じた”という実感が残っていた。
あの動き、あの反応。
技は生きていた。
それを、証明したかった。
しばらく進んだところで、前方の草むらが微かに揺れた。
「……止まれ」
自警団の男が手を挙げて低く指示を出す。
視線の先、そこにいたのは──小柄な四足の獣。
だが、魔獣ではなかった。
ただの野生の狐のような生き物。
周囲が緊張を解きかけた、そのときだった。
背後の茂みが裂ける音。
突如として現れた黒い影が、斜め後方の隊列に飛びかかる。
叫び声。
俺は、咄嗟に振り返った。
前の魔獣よりひと回り大きい。
筋肉の張り、牙の太さ、全てが段違いだった。
地面に倒れ込んだ男に追撃を与えようとするその巨体に、俺は迷わず駆け出していた。
横から飛び込む。
倒された男の横を滑り抜け、体ごとぶつかるようにして魔獣の腹に入った。
反動で自分も転がる。
だが、魔獣の動きが一瞬だけ止まった。
今だ──
起き上がりざま、飛びかかるようにして組みつく。
背中に乗り、首を狙う。
だが、相手は重い。硬い。
皮膚の下にある筋肉の層が、明らかに前回のとは違っていた。
魔獣が暴れる。
俺の体が振りほどかれる。
地面に叩きつけられ、息が詰まる。
肺が焼けるように痛む。
立ち上がろうとした瞬間、視界の端に牙が迫っていた。
避けきれない。
俺の体が吹き飛ばされる。
肩口から地面を転がり、土の匂いと痛みだけが残った。
「──ぐっ……!」
必死に体を起こす。
目の前には、自警団の男が盾を構えて魔獣と対峙していた。
「下がれ! お前、もう無理だ!」
怒鳴られる。
その通りだった。
格闘技は通じなかった。
技は通じても、力が違いすぎる。
体が震えていた。
恐怖か、痛みか、それとも敗北の実感か──
あの時の自信が、いま崩れ去ろうとしていた。
──俺の技は、限界がある。
そのとき、背後からラニの声が飛ぶ。
「逃げろ! 逃げてください!」
俺のことを、あの子が叫んでいた。
情けなかった。
歯を食いしばり、膝をついたまま、俺は土を握りしめた。
格闘技だけじゃ、届かない。
そんな現実を、今、叩きつけられていた。