表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

新生活

 数日が経った。


 グラードの紹介で村の外れにある小屋を間借りしている。

 とはいえ正式な許可が出たわけでもなく、半ば追い出される形で仮の居場所を得たに過ぎない。

 食事も、余り物を分けてもらえる程度。労働力として役立つかどうか、まだ値踏みされている段階だ。


 日々の仕事は、重い荷運びや家畜の世話といった雑用ばかり。

 言われた通りに動くだけで、誰かと雑談する余裕もなかった。

 それでも、体を動かしているうちに、ようやく体調だけは戻ってきた。


 だが、心はずっと落ち着かないままだった。


 村の人々は必要以上に関わってこない。

 警戒されているわけではないが、馴染みかけた瞬間に一歩引かれる感覚がある。

 言葉は通じている。それは当たり前のこととして受け入れられていた。違和感の正体が言語なのか、それとも俺自身なのかは分からないが、時折“何かが違う”という視線を感じることがあった。


 この村に本当に居場所があるわけじゃない。

 ただ、生かされているだけだ。


「おい、手が止まってるぞ」


 薪割りの手が止まっていたらしい。グラードの声に、俺は慌てて斧を振り上げた。


 作業の後、固いパンと薄いスープをもらい、腰を下ろす。

 目の前には田畑が広がり、その先に森の影が揺れていた。

 空が広い。静かすぎて、耳が痛い。


 ──こんなところで、何をしてるんだ俺は。


 考えるまいとしても、意識はあの時に戻ってしまう。


 試合の直前。ずっと越えられなかった相手と、やっと向き合えるはずだった一戦。


 もう何度繰り返したか分からない場面。

 けれど、そこから先の記憶はない。自分の足であの場所に立つはずだったのに、その一歩手前で全てが途切れた。


「……今ごろ、どうなってるんだろうな」


 小さく呟いた声は、風に流されて消えていった。


 突然、背後から声がかかる。


「知り合いか?」


 驚いて振り向くと、グラードがいつの間にか背後に立っていた。

 どうやら、独り言を聞かれていたらしい。


「いや、ちょっと……昔の関係っていうか……」


 はぐらかしながら目を逸らす。


「そいつに会いたいのか?」


「……わかりません」


 会いたいと思う気持ちは確かにある。

 でも、それ以上に、今の自分が何者なのかも分からない。

 この状況の中で、誰に何を伝えればいいのかさえ見えてこない。


 どうして、こんなことになったのか。

 何が間違って、どこで線を越えたのか。


 そんなこと、考えたって意味がない。意味がないと、わかってる。


 だけど考えずにはいられない。


 空を見上げた。


 流れる雲が、どこまでも他人事のように、ゆっくりと形を変えていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ