新生活
数日が経った。
グラードの紹介で村の外れにある小屋を間借りしている。
とはいえ正式な許可が出たわけでもなく、半ば追い出される形で仮の居場所を得たに過ぎない。
食事も、余り物を分けてもらえる程度。労働力として役立つかどうか、まだ値踏みされている段階だ。
日々の仕事は、重い荷運びや家畜の世話といった雑用ばかり。
言われた通りに動くだけで、誰かと雑談する余裕もなかった。
それでも、体を動かしているうちに、ようやく体調だけは戻ってきた。
だが、心はずっと落ち着かないままだった。
村の人々は必要以上に関わってこない。
警戒されているわけではないが、馴染みかけた瞬間に一歩引かれる感覚がある。
言葉は通じている。それは当たり前のこととして受け入れられていた。違和感の正体が言語なのか、それとも俺自身なのかは分からないが、時折“何かが違う”という視線を感じることがあった。
この村に本当に居場所があるわけじゃない。
ただ、生かされているだけだ。
「おい、手が止まってるぞ」
薪割りの手が止まっていたらしい。グラードの声に、俺は慌てて斧を振り上げた。
作業の後、固いパンと薄いスープをもらい、腰を下ろす。
目の前には田畑が広がり、その先に森の影が揺れていた。
空が広い。静かすぎて、耳が痛い。
──こんなところで、何をしてるんだ俺は。
考えるまいとしても、意識はあの時に戻ってしまう。
試合の直前。ずっと越えられなかった相手と、やっと向き合えるはずだった一戦。
もう何度繰り返したか分からない場面。
けれど、そこから先の記憶はない。自分の足であの場所に立つはずだったのに、その一歩手前で全てが途切れた。
「……今ごろ、どうなってるんだろうな」
小さく呟いた声は、風に流されて消えていった。
突然、背後から声がかかる。
「知り合いか?」
驚いて振り向くと、グラードがいつの間にか背後に立っていた。
どうやら、独り言を聞かれていたらしい。
「いや、ちょっと……昔の関係っていうか……」
はぐらかしながら目を逸らす。
「そいつに会いたいのか?」
「……わかりません」
会いたいと思う気持ちは確かにある。
でも、それ以上に、今の自分が何者なのかも分からない。
この状況の中で、誰に何を伝えればいいのかさえ見えてこない。
どうして、こんなことになったのか。
何が間違って、どこで線を越えたのか。
そんなこと、考えたって意味がない。意味がないと、わかってる。
だけど考えずにはいられない。
空を見上げた。
流れる雲が、どこまでも他人事のように、ゆっくりと形を変えていく。