008:風花三由季の戦闘スタイル
レジャー施設と言っても過言ではない一階層を抜けて、次のフィールドへ。
二階層では、レイティナがいた迷宮とは違った特色で、別の雰囲気を味わえる景観だった。
大岩に覆われた空間は、暗いもの、いたるところに灯籠の替わりになっている、木の形をした紫水晶が散りばめられていた。
周りには、仄かな紫色の光がふわふわと浮かぶ。
満桜がそれに触れると、避けるように動いていたので、生き物に近いものか。ただ、生命体らしき感じではないので、そういう現象なのだろう。
――バルバ迷宮二階層、水晶森林――
満桜は二階層に進出する前に、三由季からバルバ迷宮の情報を貰っていた。
鬼神バルバが建造した迷宮は全六階層からなる構造。深くなるにつれてフィールドが広くなり、巨大な魔物が増えていくとのことだ。
しかし、探索者にとって親切な設計となっており、三階層には休憩場を設けている。さらに蘇生費用は適正よりも安めで、より多くの人が訪れるように工夫を施していた。
そして一番の目玉は、定期的に開催する大宴祭。大量の魔物が出現するので、倒して豪華賞品をゲットしようという企画だ。
「それじゃあ、最初のエンカウントは私がするから、満桜ちゃんは横やりしないでねー」
「敗北シーンまだ?」
「意外と根に持ってた」
そう軽口を叩いていると、早々にもぞもぞと動く水晶を発見した。
それは資源ではなく魔物の一部。テリトリーに入ったことで敵対したようだ。
「おっと、敵さんの御出ましだね。ヤドカリとゴブリン、後はちっさいゴーレムの軍勢かぁ」
「結構多いな。手伝いはいるか?」
「いんや。これぐらい楽勝だねー」
三由季は人差し指を刺しながら、敵の総数を数えていく。
水晶ヤドカリ2体、水晶装備のゴブリン4体、ミニマムクリスタルゴーレム2体。計、 8体のエンカウント。
どれも水晶の名を付くが、紫水晶は意外と柔らかい性質なので、慣れると簡単に破壊で可能だ。壊れた箇所によっては、ドロップする素材の質が上がるらしい。
その八つの魔物は、呑気に会話をしていた三由季を囲むように展開していった。
「プリセット1、変更。見とれよー」
三由季は戦闘用装備へと換装し、立派な重装備の鎧を着た少女になる。
武器は小さな体形が隠れるほどの大盾とメイス。タンクとして合格点なオーソドックスの装備をしていた。些か火力不足だと思う姿だが、これが探索者として一般的な恰好だ。
完全武装になった三由季は、そのまま魔物たちの真正面に立つ。
「正面から戦うのか」
「服装からして、側面に回る運動性能は無い。純粋なセンスが必要だろう」
「でも、随分と余裕な表情だな」
「となれば、余程の自信はあるということか」
それでも流石に、八対一の戦闘は苦戦するだろうと考える満桜。
いつでも援護できるようにポジションを付き、事前に共有していた三由季の能力値を閲覧する。
風花 《かざはな》 三由季 15歳 女性
種族:人間
職業:城塞守護者 Rank 2
サブ職業:炭鉱夫 Rank 10 MAX
力:A
耐久:A
器用:C
敏捷:D
魔力:D
〈スキル〉
〈城塞壁展開〉
自分含め味方に、指定した場所へ壁を生み出す。壁の強度は素材の耐久依存。手持ちの素材によって、壁の材質が変更可能。
〈物体操作〉
空中に物を動かせる。ただし、自分の周りにしか動かせない。
〈盾割り職人〉
相手の固い部位に対して破壊力が増す。
〈サブスキル〉
〈持ち上げ〉
自分より大きく重い物を持ち上げる事が可能。ただし、その場から動けなくなるので注意が必要。炭鉱夫をマスターすれば永久取得。
総合的に見ると、近距離においては隙の無い能力値だ。
高い耐久値で攻撃を押し付けて、自分に有利な状況を作り上げる。出来るだけ弱点を減らした立ち回りを行うつもりだろう。
しかし相手は多数の魔物。一度囲まれたら数の有利で負ける可能性があった。
ところが三由季は、
「始まりそうだが、まだ動かないな」
「もう囲まれてるな? 何をしていたんだ?」
「強いて言うならば、何もしていなかったな。何か考えがあるのだろう」
敵の初動に対して、ずっと待機したままだった。
すでに、半円の形にまで包囲されている。このままだと、防ぎ切るのに苦戦して、一方的にダメージを受けてしまう。
……のかと、思いきや。
「よいっしょー!」
この手は分かっていたのか、三由季は正面の敵に突撃をかました。
精一杯に振るった大盾でゴブリンを一撃粉砕。
そして、メイスを振りかざす瞬間――
「――いでよー、〈城塞壁展開〉」
三由季の右側面に水晶の壁が現れ、魔物の反撃を不可能にさせた。
更に、メイスを振るのに合わせて、内蔵したチェーンが伸び、鞭のような軌道を描く。即座に四体まとめて縛り上げ、大盾で踏み潰した。
「大胆だが綺麗な戦い方だ。それに半透明な壁だから敵の動きも分かるぞ」
たった一回の流れで、瞬く間に倒していく手立ては美しい。満桜とは違ってとても鮮やかだった。
「クギィッ!」
やられていく仲間たちを見て焦ったのか、残った三体の魔物が息を合わせずに攻撃を仕掛けてくる。
二匹の水晶ヤドカリが宿である水晶の一部をもぎ取って投擲をする。その間、ミニマムクリスタルゴーレムは、自身が攻撃できる適性距離まで接近していく。
それらの攻撃に、三由季は冷静に大盾で防ぎつつ、タイミングを見計らって近づくゴーレムを撲殺する。力の能力値を利用した強引なやり方だ。
そして、残りの水晶ヤドカリには飛び出るメイスによって追撃。これも難なく撃破。
「うわぉ、すべてが見えているかのような戦い方だ」
あっという間に、三由季を囲んだ魔物は殲滅されて灰になった。
流石というべきか、三由季は他の探索者から評価されるほどの戦闘センスを持っていた。
計算し尽くした戦いのように見え、本能のような直感を出し、完璧な一連の流れを作り上げるのは素晴らしいの一言しか言えなかった。
一撃粉砕、圧倒的多段攻撃の満桜とは違って、計算された華麗な戦闘は、目を引くものだった。
「ふぃ~……」
一対多数との戦闘を終えた三由季は、涼しげな顔で満桜を見て、
「満桜ちゃん、これが本来の探索者の戦い、だよ?」
「うっさい」
お前の戦い方は普通でないのだよと、茶化した発言を残した。
根に持つ発言をした満桜への、真心を込めたお返しだった。