006:ハイになるほど楽し過ぎる
この世界は神々との接触によって、一時の平穏が訪れている状態だ。
謎の現象によって想像したくもない人口減少に見舞われ、混沌に包まれていた。外部からの介入が無ければ、誰一人として残らなかったと言われるほどだった。
そして早一世紀が経ち、西暦2205年。現在の総人口は、おおよそ10万人。この数字は他世界からやって来る移民の数も含まれていた。
それでもまだ抑えている方ではあり、他世界では数千人以下にまで減っている始末だ。場合によっては、その世界を放棄する選択が迫られる。つまり、故郷を失うのと同一だろう。
神々の組織――世界保護を主軸とした機関『アーカイブ』は、あらゆる世界に介入し、対策を講じていた。
それは、「強くあれ」だ。
人類に与えられた恩威――ランクによって、謎の現象に対抗する耐性が得られるのだ。
だから人は迷宮に依存しなければならなかった。
魔物を倒し続けてランクを上げなければ、生きていけないのだ。
これから先、未来永劫、人類はアーカイブの義務を守り通していくだろう。
――だがしかし、アーカイブの講じた対策は、その場しのぎの対症療法だ。肝心の治療法など、未だに見つかっていない。
なにせ、いま起きている謎の現象は世界の衰退なのだから……――
◆side 富士原満桜◆
「さあさあ、三由季と満桜ちゃんが挑むダンジョンは、鬼神バルバの迷宮。すごく広いのが特徴なダンジョンだ! 果たして二人は迷わずに探索出来るのであろうか!? 気になった人はチャンネル登録の方を押してくださいませ!」
「……三由季は誰に話しているんだ?」
「ナレーション役。なんか昔に、こういうのが流行っていたらしいんだよね」
「あー、テレビってやつか?」
「似たようなものかな? 配信っていうジャンルだったような」
満桜の羞恥心を犠牲に、二人はバルバ迷宮へと到着した。
資源集めで入り浸った場所とは違って、人を襲うモンスターが出現する戦闘必須の迷宮。
神様の権威を見せつけるかのような外門は、どんな巨人でも通れそうな大きさを誇っていた。
見上げれば見上げるほど首が痛くなる高さ。見るからに近隣住民の迷惑になるのかも知れないが、そもそもな所、土地はあまりに余っている。いくら建てようが問題など起きないのだ。
「ぐるぐる階段だねー。一度こけたら止まらなさそうだ。……押さないよね?」
「さすが三由季。後ろにも目が付いているとは」
二人は螺旋階段を下りながら、今回の目的について振り返っていた。
一番重要なのは、満桜が戦えるかの確認。
もちろん、満桜はちんと動けるよう何度もシミュレーションを重ねていた。それでも、実際に戦ってみないと分からないことだった。
「それじゃあお待ちかね、バルバ迷宮の一階層だよ」
「うわぉ…………草原?」
草原の匂いが風と共に伝わり、満桜は新鮮な気持ちを味わう。
迷宮の中は見渡す限りの草原地帯だった。どこにも見新しいものは無く、むしろ天気のいい原っぱという認識が近いであろう。
一階層は気軽に行ける初心者向けのフィールド。満桜のような戦闘初心者にとって、打って付けの場所であった。
「おっ、さっそくお出ましだね」
草木が靡くのと同時に、丘の奥から人では無い影が現れる。
青くてぷよぷよな物体と、ふんわりと浮いている綿毛の魔物の二種類だ。
はっきりと形状が見えた途端、その魔物も満桜の存在に気付いたようで、ゆっくりながらも接近していた。
「ここら辺は、ほんわかスライムとワタワタっていう綿毛みたいなのが生息しているよ。んじゃあ、頑張れー。邪魔にならない所で観戦してるからー」
「協力は無しで?」
「私がやると平手で炸裂」
「そう言えばそうだった」
三由季は何ともない顔で「スライムに敗北するシーンが取れたらバズりそうだね」と言い残して離れていった。
余計な一言が多い。一度痛い目にあった方がいいと思う。
「さて。レイティナ、行けるか?」
満桜は深呼吸をして、歯車の髪飾りに変化しているレイティナに話し掛ける。
「満桜こそ。私の使い方は分かるよな?」
「軽口叩けるなら余裕そうだな」
「なら安心だな。確認するが、冷静さを欠けると動けなくなる。それだけは気を付けろ」
重要な用件だけを告げて、レイティナは口を閉ざした。
手筈は整えたからあとは好きにしろ、とでも言いたいのだろう。少なからず、満桜はレイティナの言うことを理解していた。
相手にする者は最序盤の弱い敵。それでも満桜は不安を拭えなかった。
それは満桜自身の問題だった。初めての戦闘によって、落ちこぼれのレッテルが変わる。そう実感すれば、変に緊張感が増していた。
満桜は深呼吸を済ませ、歯車の髪飾りを取り外す。
「――武装形式」
詠唱を皮切りに歯車は動きだし、満桜の服装が変わっていく。
変わったといっても、要所部分に装甲が追加させた程度の恰好だ。
しかし、それはただの鎧ではなく、筒のようなものを付け加えた装備であった。
それはひと昔に使われていた、ミサイルや戦闘機にある"スラスター"というものだ。
部品類を製造している最中、満桜はレイティナと相談してどのような装備にするか考えていた。
低い耐久値。力が無く、敏捷も皆無。
とにかく酷い能力値を活かそうとすれば、扱えるものなんてほぼ無いだろう。
なので早々に能力値の考えは捨て、スキルの副次効果に着目した。
そこで満桜は、スキル〈眷属召喚〉は「召喚した者をアクセサリーに変換できる効果」を思い出す。その効果を利用すれば、念話越しでの会話が可能だった。
これはもしや、何かに活かせるのだろうと、検証を重ねていくと……。
結果、満桜とレイティナの意思伝達がスムーズになると判明した。
そのタイムロスは0.3秒。生身の人間の限界である視覚反応速度の0.2秒と比べれば破格の数値だった。
〈眷属召喚〉の副次効果、サブ職業で手に入れたスキル。
そして最後に、レイティナの知識を組み合わせて、生み出した戦闘スタイルが――
「――セット! 突撃銃」
もう、防具に振り回されればいいじゃないかと。
満桜が制作した防具は、俗に言うパワードスーツまがいな鎧だった。その防具の中心部には歯車の装飾品、レイティナが共にいる。
満桜が担う役割は、どう動くかのイメージをレイティナに伝えること。その思念をレイティナが防具を通して操作し、満桜を動かすという表裏一体の戦闘方法だ。
「フルファイヤ――!」
そして、満桜の戦闘スタイルを通して選んだのは銃器であった。
一昔前に使われていた遠距離武器。廃れてしまった武器を採用していた。
トリガーを引くと同時に、圧倒的な暴力を降り注ぐ。
一瞬の内にスライムは粉砕し、体の大半が木端微塵になる。宙に浮いていたフワフワが撃ち落とされ、地面に落ちる。
瞬く間に、満桜を襲おうとした魔物たちは、灰になって消滅したのだった。
「うわお、まさか銃器で戦うとは思わなかったなあ。よくこういう映画を見ていたね」
満桜の戦闘シーンを見ていた三由季は、とても喜んでいた。
長年、戦えないという欠点が解消され、ようやく満桜との冒険が始まる。
いつから芽生えていたのかは不明だが、三由季は満桜と共に生きていきたいと願っていたのだ。
「うにゃ? まだやってるの?」
とっくに戦闘は終わったというのに、何故か鳴り止まない銃声。
それが十秒も続くと、いよいよ違和感が増していった。
「満桜ちゃん? 終わってるけど……?」
三由季は恐る恐る満桜の様子を確認してみると、
「……あははっ!」
満桜は正気を失った顔になっていた。
ただひたすら銃を連発して金属音が乱れ飛び、一発一発が衝撃となって震える感覚。乱射すればするほど、心が躍る高揚感。
今まで味わったことのない幸せが溢れ出ていく。幸せが頭の中を埋め尽くしてくれる。
もはや己の意思で止まれる訳が無かった。
「うははハハハ――ッッ! 楽しいっ! 楽し過ぎるっ! もっともっと! アハ――――ッハッハッハァァァアアア!!」
これが私の求めていたもの……!? これさえあれば、もうなにも怖くない!
「うわあ、見たことのない顔付きだぁ……。満桜ちゃーん! カムバック! いつもの満桜ちゃんに戻ってこーい!」
三由季が大きな声で呼び止めようとするが、一向に終わる気配が見られなかった。
……のちに判明した症状なのだが、満桜は弾を撃ち尽くした後も引き金を引き続ける病気になっていたらしい。
所謂、ドリガーハッピー症候群になっていたと。