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020:物静かで寂しい喫茶店


 ◆side 富士原満桜ふじはらまお

 

 満桜は代わり映えのないメニュー表から一番豪華そうなものを頼み、顎に手をあてて、考え込むように軽く突き出した。


「あ~う~……。ムシャクシャする!」


 喫茶店に来たのはいいものの、いまだに憂鬱な気分のままだった。

 何とも言えない気持ちが絡まって重なり、複雑になっているのは理解している。


 だが一つ一つほどこうとしても、また混ざっていき、難しくなっていく。切り替えようと頭を振り払っていくが、どんなに振ってもその悩みは、消えないままだった。


 そう考えふけるのは満桜の悪い癖なのか。いや、他者に対して思うのは初めてのことだからこそ、悩んでいるのだろう。


「こちら、ブルーマウンテンブレンドになります」

「どうも」


 満桜が大きな机に突っ伏していると、小さなドローンが珈琲を運んできた。その飲み物をテーブルに置くと、すぐにキッチンへと戻っていく。


 ここの喫茶店には、働いている人なんて誰もいない。全て機械などのドローンで補っている。むしろ、ほぼすべての店舗には、こうした物が多く普及されていた。


 これも『アーカイブ』の補助によって成し遂げたものだ。


 組織が介入してから衣食住を含むライフライン、生活に掛かるもの全てに関して、お金の必要は無くなっていた。近くの店に行けば、必需品も揃えられる。何せ、強くなって生き続けることがアーカイブの求めるものだからだ。


 唯一、お金が掛かるのは、迷宮産の素材と製品。つまり探索者にとって必須な、武器防具などのアイテム類だ。同時に、装備の補修に必要な資源も含まれている。


 そこも無償でいいとは思うが、下手に強力な装備品でランクを上げても、それはアーカイブの求めるものではない。


 ただ、便利になった生活とはいえ、欠点があった。


「せめて、期間限定みたいなメニューがあればよかったけどなぁ」


 既存のを提供するのは可能だが、新しい物を作るのが不可能だった。


 これらの生活を維持しているのは、すべてこの機械たちのおかげだ。社会の血を循環するには膨大な労働力が必要だが、しかし今のご時世、全人類はアーカイブの義務によって迷宮探索に駆り出されている。些細な問題など妥協するしかなかった。


「でもいつまで経っても解決できないものだし、さっさと進めよ」


 満桜はひと息ついたあと、設計図を広げて新しい武器のアイデアを練るために、ペンを走らせた。

 出だしは順調に書き始めたが、少し書き進めると筆が止まる。ペン先を宙に回して悩み始め、また書いては止まっての繰り返しが続いていた。


 そのような動作が徐々に増えてゆき、


「むりっ! このスランプで続けるの絶対無理!」


 ついにはどうにもならず、ペンを放り投げてしまった。


「あー、何でだよ。こんなんじゃ、いつまで経ってもダメなままだ。……どうしよ」


 ぐちぐちとひとり言をこぼす。


 誰もいない穴場の喫茶店なので、いくらこぼしたって平気だ。聞いてる人などいない。だから満桜は、いちいち口にして気分を紛らしていた。


 そうそう滅多に人は来ない、


「今日はここでお茶にしようか」


 カランコロン。

 扉のベルが鳴り始める。

 その滅多に来ない日は、いま訪れた。


「はえっ?」


 満桜は思わぬ来店に、その声の先に視線を向ける。


 今の世界では見慣れなくなった、白髪の老人がいた。

 深く刻まれた皺があり、静かに微笑みながらも、どこか鋭さを感じさせる顔立ち。若い人ではなく、昔にいた本当のご老人が店の中にいた。


「おや、珍しい。こんなところで小さなお嬢ちゃんと出会えるとは」


 その老人が手に持っている杖を軽く突きながら、一歩ずつ確かめるように満桜の

方へと歩を進め、話し掛けて来た。


「少しよいか? ここの店で一番の人気メニューというものはどれか教えてくれ」

「えっ? あー人気のメニュー? 他の喫茶店と同じものでは……?」

「知らんのか。店ごとに味が違うぞ。昔のレシピがそのまま残っていてな、今はドローンがそれを再現しとる。ほれ、写真を見せてやろう」

「本当だ。見た目も食材も違うところがある。知らなかった……」

「まあ、意識しなければ気付かぬからなぁ……」


 老人は優しい物言いで満桜に接していた。彼の立ち振る舞いに、満桜は自然と和んでいき、少しずつ会話が弾んでいった。


「それなら、このミルククレープがいいかな。柔らかくて甘ったるくなくて、食べやすい」

「ほぉ、血糖値を気にする儂にはピッタリなものだ。ドローンよ、ミルククレープと紅茶を頼む。お主は?」

「私も同じので、ドリンクはアイスティー」


 満桜の声を聴き、老人はパネルを操作して注文する。目が見えにくいのか、顔を近づいてじっくりと凝視していた。


「さて、お嬢さん。君の名前は何といえばいいのかの? 儂は榎本えのもと 武俊たけとしと言う」


「榎本って、バルバ迷宮にいた探索者の……」

「なんじゃ、あのバカ孫を知っておったのか。」

「あのってなんて扱いなんだ?」

「妥当だろう。危険を求めて部の悪い賭けを好む奴ぞ? これを人はスリルジャンキーと呼ばれる。決して真似するでない」


 実の孫に対し存外な扱いをし始める老人は、運ばれた紅茶をひと啜りして、「小さい頃は可愛らしい坊やだったのだがなぁ」と結構な酷い評価を付け加えていた。


「ほれほれ、馬鹿孫のことなぞ忘れて、はよ教えて欲しいぞ」

富士原満桜ふじはらまお。職業は召喚士。えーと……」


 そこで満桜は、次に言う言葉を探し出すように迷い、少し間を置かせる。満桜にしては珍しく言葉を選び、自身について考え直していた。


「――幽絶症ゆうぜつしょうを無くしたいと思っている」


 そして、満桜がしたいことを明確に告げる。自身が諦めていた願いを、亡くなった両親の昔話を、失っていた思い出をはっきりと決めた。

レビュー、応援コメント等いただけましたら、私は嬉しくなり作業ペースが上昇致します。

ようするに作業が速くなるという事です。



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