002:痛い沈黙は鋭く刺さる
あれから、満桜はボロボロになったレイティナを抱えて、迷宮を密かに抜け出した。
レイティナがいた所は、誰も管理していない非合法の迷宮だ。バレないように離れる必要があった。
行きは楽勝だったが、帰りは別。何故なら満桜の前には、とても目立つ生命体がいるからだ。
満桜は、衣服がほとんどない裸に近いレディをどう隠すか、頭を悩ませていた。
しかし、意外にも簡単に解決した。
それは満桜の憎きスキル、〈眷属召喚〉の能力。
どういう効果なのか、〈眷属召喚〉には『召喚した者をアクセサリーに変換できる効果』があったと判明した。
満桜はすぐさまその力を使い、レイティナを装飾品に変え、身に着けることで難を凌いだ。
バレていないかと不安げに露道を歩いていたが、誰にも見つからなかったので、おそらく問題はなさそうだった。
「い、いないよね?」
「なんだ? 親でも居るのか?」
「いや、一人暮らしだけど……誰か居たら怖いじゃん」
「別に悪いことしてないから平気では?」
満桜は自分の家だと言うのに、申し訳なさそうに玄関の扉を開けた。
そして、そそくさと部屋へと駆け込み、無事にレイティナを軟禁する。
ああ、これでひとまず安心。ゆっくり過ごせるようになった。喉を渇いたから冷たいお茶でも飲もう。
「お茶、どうぞ……」
「……ありがとう」
「…………」
「…………」
冷たいお茶を一啜り、隠れていた沈黙が浮き彫りになる。
何故か部屋中には、痛々しい空気が流れていた。
満桜はお茶を飲み干しあと、一息付いた所で思考を巡らせる。
ああ、そうだった。やっと召喚したのだから、彼女との交流を図らなければいけなかった。
しかし、満桜は自ら話し掛けるのが苦手な部類。そもそもな所、避けられる日々が続いていたので、必然的に会話が苦手になっていた。
そこで満桜は、さり気なく視線をレイティナに送り、察して欲しいと願う。
ただ、当の彼女は全く反応を示さなかった。というより、レイティナは常に無表情を貫いているので、動く様子が見られない。
…………。
……さらば、私の人生。
精一杯生き足掻いてやろうと決めていた満桜の心意気は、この沈黙によって打ち砕かれてしまったのだった。
◆
「すまない……。長く人と話していなくて、コミュニケーションを忘れ掛けていた」
どんだけぼっち気質なんだよ、などとは言わない。満桜も同じ体質なので口を噤んで隠し通した。
気になるのは、今のレイティナの状態。
ぱっちりとした瞳、整った顔立ち、そして青と白のグラデーションを重ねた長い髪の毛。それはまるで人形のような……人形そのものだが、可愛さを残しつつも美しさを兼ねていた。
まつ毛が長くてとても綺麗だ。もし仮に、満桜に妹がいたら、さぞかし嫉妬するのかもしれない容貌だろう。
ただその容姿よりも目立ってしまうのは、傷だらけの体だった。
「大丈夫か? また爆発しないよな?」
「自己修理は終えている。壊れた箇所は残骸を引っ張り出して継ぎ接ぎ修理で直した。だが、完全に直せる術がない」
「それってもしかして……?」
「戦えなくなってしまった。次戦えば、私は壊れてしまうだろう」
「まじか……」
「ああ。特にコアの損傷が酷い」
レイティナは自身の胸元――空洞に輝くものをそっと見せる。
朧げな青緑の光を放つレイティナのコアは、宝石のような美しさだった。
しかし、今はその価値を失い、所々にひび割れている。壊れかけの状態でレイティナを動かしていた。
「さすがにこれで戦って欲しいって言いたくないよ」
「それは嬉しい限りだ」
「でも……」
「でも?」
「……これで私は戦えるって思ったんだよね」
「そうか……」
満桜は戦えないという事実を知り、ため息をつく。
やっとの思いで手に入れた力だったが、レイティナの話を聞いて諦めがついてしまった。
どんな状況でも抗おうと豪胆したけども、誰かを犠牲に叶いたくはない。
むしろ、これで気が楽になった。
そう満桜が色々と考えついた時、レイティナは何か察したのか、ひび割れた宝石の胸に手を置き、
「改めて言うが、私の名はレイティナ。見ての通り、機械種のマシンナリーだ。ここの世界とは違う場所で、産まれてから朽ちるまで生きて過ごしていた。それで眠っていた所、君に呼ばれて目覚めた……だけだ」
「どうしたの、急に?」
「私は何も知らない。この世界のことも、君のことすらもだ。たとえ残されたものが少なかったとしても、全力を尽くす」
「…………」
「それがエゴイストだと言われても手伝おう。助けよう。だから、諦めないで欲しい。君には私がいる」
何かを訴えかけるように独白し続けた。
レイティナの顔色は機械らしく無表情で分かりづらい。ただ、その強い言葉には気迫に満ちたものだ。どうしても彼女は、満桜と共にありたいのだと思っているのだろう。
「…………そう」
急な話に、満桜は無言になる。
確かにレイティナは何も知らない。満桜の身勝手で召喚された存在だ。存外に扱うのは良くないのだろう。自分の都合でレイティナをを放置するのは、あまりにも心が痛かった。
「……分かった。レイティナ、協力して欲しい」
ならばもう、全てを任せてみよう。この扱いづらい能力値が活かせるのであれば、全力を持って向き合うのも悪くはない。
「――ステータス」
満桜は自身の能力値を開示した。
富士原 満桜 15歳 女性
種族:人間
職業:召喚士 Rank1
サブ職業:未設定
力:D
耐久:E
器用:S
敏捷:D
魔力:S
〈スキル〉
・〈眷属召喚〉
特殊なアイテムを触媒に力を持った者を呼び覚ます。
・〈魔力増大〉
魔力による補正が増大する。しかし、魔法が使用不可能になる。
・〈装備効果増大〉
装備品による効果が増大する。しかし、簡単に装備が壊れてしまう。
003話:18時頃に公開