014:銃器から兵器へ
◆side 富士原満桜
戦域となった水晶平原では、今も大多数の魔物が接近していた。
特に群勢の一角を占めるのは、深層に生息するゴーレム。前に遭遇した水晶ゴーレムよりもかなりの巨体だ。
それが四体。
一体でも要塞の攻撃圏内に入られてしまえば、確実に崩壊するであろう強さを持っていた。
しかし、探索者はただ見ているだけではない。
〈城塞壁展開〉によって生み出した城壁が、探索者たちにとって、心強い存在となっていた。
その探索者からの声が聴こえてくる。
これぐらいの戦力なぞ怖くはない、勝てるはず。俺たちには戦場の女神様が宿っているからだ。
などと、大きな声を上げて、士気を高くしてた。
戦場の女神も彼等の期待を応えるように、ぼんやりしないで戦闘に赴かなければならなかった。
なお……――
「ウゲー……。ウァウァ……」
「満桜ちゃんが壊れちゃった……」
肝心の満桜は、少し吹けば消滅しそうな状態だった。
現在の満桜は、腕をだらりと下げたゾンビのような動きをしていた。しかし、まだ闘争心はあるが、ちょっと突いたら崩れるぐらい脆かった。
「案外楽な作業で助かったねー。余った時間で新しいのができるようになったし」
「ソウダネ……」
「満桜ちゃんもかなり扱かれたけど、よかったじゃん?」
「ソウデスネ……」
二人は出来の悪い腹話術師のようなやり取りをしていた。
経緯を話すと、満桜と三由季は仕掛けを終えて時間が余ったので、副隊長から銃器の手解きを教えてもらっていた。
移動しながらの射撃はできないにしろ、せめて静止時の射撃ぐらい、まともにしろと。よっぽど酷かったらしい。
厳しい訓練の元、満桜は基本中の基本はなんとか修得。ただし、マガジン内の把握を感覚で覚えろというものは、無理な話だった。
やることは単純。とにかく撃って反動で覚えろ。
その反動で力と耐久の無い満桜は、早々にダウン。なんとか口から吐き出す乙女の威厳破壊行為だけは辛うじて阻止したが、戦いに身を置く精神状態では無かった。
「満桜ちゃん? おーい?」
「あぅ……」
三由季は満桜を復帰させようと、何度も呼んでみたり揺すったりする。ただ、カラカラ鳴らす人形のままで、反応を示さない。
「……今なら、何やっても許されるのか? 返事して-」
「うぼあぁ……。――ヒャッ!?」
「よいではないかー」
そこで満桜のお腹を、さらっと撫でられた。
くすぐったい感触が襲う。手肌から伝わる冷たい感触で、朧げな意識から正気を取り戻した。
「ちょっ! セクハラするなっ!」
「やっと戻った。やっぱり、いつもの満桜ちゃんにするには……ブベッホ――ッッ!?」
「帰ったら覚悟しろよ?」
満桜は手に持っていた銃のストックで悪者を成敗した。直撃を受けた三由季は盛大に吹き飛んだが、防御力が高いので至って問題ない。
更なる追撃をかましたい満桜だが、
『富士原、風花。探査スキルの効果範囲にて敵群勢を確認した。今すぐ配置せよ』
ここで、榎本からの通信が入り、悔しながらも中断するはめに。
「こちら満桜。今すぐ配置に着きます」
満桜は通信を切り、やるせない気持ちを抑える。
いつの間にか復帰した三由季は、にやにやしながら謝る素振りをしていた。全く反省していないのは明白なので、落ち着いたら全力で仕返しするつもりだと、満桜は心の中で決意する。
「さて、いつもの満桜ちゃんに戻ったし、覚悟はあるのかな?」
「なんの。そんなのはとっくに決まっている。大体、そうさせたのは三由季の方じゃないか」
「えー。だって、このままだと、満桜ちゃんが眠り姫になっちゃうし、テコ入れしちゃおうかなって」
「確かにそうだが……」
「たくさん魔物いるし、今がチャンスだよ。ほらっ、早く開戦の狼煙を上げちゃって」
「それは榎本さんのタイミングで決めるものだが……。連絡するから口閉じろよ」
「うーい」
満桜の静止によって、三由季は大群の動向を見張っていく。
三由季の言うことは最もだった。あの時、悠長に経験値を貯めていても、Rankを上がるには時間が掛かってしまう。満桜の残された時間は少なかったのだ。
……なるほど、だから三由季は積極的だったのか。私なりに考えはあったけども、変に心配かけてしまった。
思い返してみれば、昔から三由季は頻繁に、私と一緒にいた気がする。召喚できない召喚士と言われる前から態度など変わらずに、ずっと接していた。
悪戯する悪癖はあるが、それは私のことを思ってやっている行為なのかもしれない。
満桜は少しだけ三由季の方に目を遣り、悟られないよう密かに感謝する。この娘は感謝されると、調子乗るタイプなので直接は言えなかった。
ほどなくして、再び無線が鳴る。
『追加情報が入った。この戦いは使徒を討伐すれば収まるとのことだ。忘れるな』
「了解」
『その掛け声も形になったな。お前のペースで攻撃していい、タイミングは任せる。無理をするな。以上』
榎本が戦いの勝利条件を告げ、満桜の心を鼓舞させる。
そして、満桜は塔の淵に足を置き、敵の全貌を見下ろした。
三由季の〈城塞壁展開〉は、横長に作られた壁ではなく、縦長な歪の壁だ。例えるとなれば、チェスの戦車の形。
副次効果の話を知った三由季は「城壁の一部を上手く調整したら高く建てられるのでは」と考えて生み出した、満桜のためだけの"狙撃塔"だ。
その塔を作った三由季は弾けた笑顔をしながら、満桜へと振り向いた。どうやら、興奮が抑えきれないようだ。
「満桜ちゃん、いつでもフォローするからね。安心して暴れちゃいなよ」
「暴れちゃいなよって心外だなぁ。私ってそんなイメージなのか?」
「そうだよ! とっても似合ってる!」
まるで満桜は、暴力装置そのものだと断言する三由季。そんな純粋な目で見つめられると、訂正するのは不可能だった。
膨大な数の敵を見た満桜は、今更になって緊張が高まる。心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。
その感情が伝わっていたのか、歯車のレイティナが話しかける。
「組み立ては終えた。不格好だが、悪くはない」
「まさかここで、新しいフォームを作る羽目になるとはね。おかげで本番が怖くなったよ」
「なに、おかげでいいものに仕上げることができた。さて、満桜は大丈夫か? 私には分かるぞ」
「今は平気だ。レイティナと三由季のおかげでね」
「それはどうも」
「――……それじゃあ、行くぞ!」
満桜は深く息を吸う。
三由季と同じように、満桜も新しいヒントを得ていた。
魔物を粉砕する際に使った銃器――【デモニッシュストーム】には、発射時の反動が辛いという懸念点があった。
その衝撃負荷によって、支えていた体の一部に痣が出来てしまい、逆にダメージを受ける形となってしまった。もし連続して発砲するとなれば、まともな意識を保つのは難しいだろう。
そこで、榎本が解決案を提示した。
「防御力と重量を高めて衝撃を殺せ。防具にありったけのバフを込めれば行けるはずだ」
その助言を聞き、満桜は即座に動く。ストレージに内蔵してある素材を基に、新たな設計図を描いた。
動けなくなるほどに重たく、厚い装甲を。そして、その鎧に相応しい武器を作り上げる。
「――……武装形式。タイプ、固定化。セット、狙撃!」
そして、新たな呪文を唱え、鎧の形が変わる。
小さい満桜には似つかわしくない、重層装甲の構造へと変化させた。
タイプ:アンカー。
超ロングレンジ特化型。
要するに、固定砲台に徹しろだ。
「……発射準備、距離850。目標は脚部!」
アンカーの次に展開した武器は、180mmレールガン【ドゥームへイル】。
より弾丸を早く弾着させるために加速装置が付けられた、オリジナルの"兵器"
弾倉は自動的に装填し、鐘が一度だけ響いたような澄んだ音色を鳴らす。
空気が揺らぐ。
銃身に光が留まる。
派手に散っていく電流が、より強力な一撃へと昇華させていく。
あとは標的に向けて撃つのみ。
大きい的には、何も遮るものが存在しない。よって、考えるのは敵に当て続けるだけでいい。
満桜は圧倒的な暴力を行使させ、全てを撃ち抜くつもりだ。
「――ファイエル!」




