012:知られざる武器商人、富士原 満桜
満桜の砲撃銃によって、無事に要塞へと帰還する。
上手く奇襲が刺さったおかげか、要塞を取り囲む魔物の姿は見えなくなっていた。
門を通っていくと、まるで凱旋しているかのような熱狂ぶりだった。まだ戦いは終わっていないと言うのに、この気楽さは探索者という性というものなのか。新米探索の満桜には、いまいち理解していなかった。
喜んでいるのも束の間。数は減ってはいるが、未だに魔物との戦力差はかけ離れている。むしろ、丘の向こうからぞろぞろと増援が現れていた。
満桜がその事実を知らせると、探索者たちは一気に気を引き締め、戦いに備え始める。こういう減り張りするのは、慣れ切っている証なのだろう。
「さあーて。満桜ちゃん、着いたのはいいけど、次はどうする?」
満桜がひと休みしていると、三由季はさっそくと言わんばかりに、次の展開に期待しながら話し掛ける。
「一応、考えはある……。というか三由季は他人任せでいいのか?」
「んー。本当は私のスキルで城壁作りまくって耐え切るという案はあったけど……」
「……あったが、どうしたんだ?」
珍しく三由季が真面目な表情になって話を続け、
「ついさっき情報が入った。外で集めていた救援部隊が全滅だって」
「えっ……」
「しかも、やったのは鬼神バルバの使徒。多分、犯人に操られたんじゃないかって話も出ているよ」
「最悪だな……」
刻一刻と状況が酷くなっていた。
敵はここにいる探索者たちよりも、はるかに格上の相手。それが敵として立ちはだかることが確定した。
使徒はとにかく強く、『アーカイブ』に敵対する者と、戦うために訓練された精鋭の神兵だ。
その強さは未知数だが、推定して5Rank以上。1Rankの満桜だと差が激し過ぎて、相手をするのは不可能に近いであろう。
「……まずは、榎本さんの所に行かなきゃな」
少し考えたあと、満桜は榎本の元へと向う。
司令部《HQ》として機能している場所は殺伐していた。
ホログラムスクリーンを操作する人が、両手で忙しそうに動く。それに伴って、外部から来た伝達に耳を傾き、どうもあたふたしている様子だった。
その中で、全体を指揮する榎本は、紙に書かれた要塞の全体図に睨んでいた。おそらく、個々の塊である探索者を適切な場所に配置しようと、考えている最中なのだろう。
そこで、一人の探索者が肩に浮遊しているカメラを回しながら、榎本に近づいてきた。
「修繕している人からの連絡です。城壁は何とか維持してますが、もう持たないって嘆いてます」
「嘆く暇があったら手を動かせと怒鳴りつけろ」
「資源が無いと言ってますね」
「それならば、手の空いた探索者に強請れ。全滅したら大損だぞ、と付け加えたら差し出すはずだ。お前が通達してくれ」
「それって僕が怒られるじゃないですかー!?」
愚痴を言いつつも、榎本の指示を受けた探索者は、仕事を全うするために立ち去る。
そしてちょうど、司令部には満桜と三由季、榎本の三人だけになった。
「えっと……大丈夫、ですか?」
満桜は珍しく言葉遣いを変えて、榎本に話し掛ける。
「すまない。防衛の準備に手が掛かって遅れてしまった。」
「いや、大丈夫です。こっちも話を纏めるのに時間が必要でしたので」
「それで富士原、君たち二人がここにやって来たということは、何かあるということだな?」
「ありますが、まずは三由季が持ってきた情報を伝えます」
「分かった。いま珈琲を淹れよう。そこに座ってくれ」
榎本はストレージから、珈琲を淹れるための容器一式を揃える。道具の使い方を見るに、相当凝っているに違いない。
満桜は榎本が淹れた珈琲を口にして、ホッとひと息する。落ち着いたあと、先程の三由季が話した使徒の件についてを述べた。
粗方、話し終えたあと、榎本は苦い顔をして深いため息をつき、
「なるほどな。援軍が遅いと思っていたが、向こうも悲惨になっていたのか。今頃バルバ神の奴は大赤字で泣いてるな」
「それで、言いたいことがありまして……」
「聞こう」
現状の問題点を纏めると、要塞を護るための壁が壊れかけ。大群の魔物を倒すリソースが無く、継続火力の手段が乏しい。他にも細々とした問題はあるが、この二つさえ解消できればまともに戦えるだろう。
これらの問題点を解決するために、満桜はとあるものを提案する。
「武器、弾薬の供給。まずは30人分」
「これは……!」
満桜のストレージから取り出したのは、銃器の数々と弾薬箱だった。それを重厚な音を鳴らして続々と置いていく。
「次に壁の補修。それは、三由季を動かします。彼女は壁を自由自在に生み出すスキルがありますので」
「……まさか、ここまで目先の問題が、すぐに解決できるとはな」
満桜は感心している榎本を見ていたら、隣にいる三由季が満桜の腕をギュッと組んで頬を膨らませた。
「えー! 満桜ちゃんの隣に居たいのに!」
「……プリンを奢るから」
「仕方ない。そのプリン、私の口に運んでね。あーんって」
「分かった……」
三由季の機嫌を直すために、謎の夫婦漫才を見せ付けてしまったが、誤魔化して話しを続けていく。
「最後に、私が敵の群勢に大穴を開けます」
「……強く出たな。確かに富士原の力ならば、敵に大打撃を与えるのは可能だ。だが、確実に使徒がやって来るだろう。それについての対策は組んでいるのか?」
「実はそこまで考え付かなくて……。なので、丸投げしようかと」
「ふむ、戦術の組み立ては俺の得意分野だ。頼まれた方がこっちの動きに合わせられる。富士原の考えは正しいと思うぞ」
「あ、ありがとうございます」
「しかし、何というか……」
「……?」
「……考えごとだ。気にするな」
順調に物事が進んていき、榎本は無言になった。
そして短い沈黙が流れ、榎本の目つきが鋭くなる。
「富士原、風花。少し待て、協力者を呼ぶ」
「は、はいっ!」
榎本は席から立ち上がり、「久々に面白くなりそうだ」と小さく呟きながら司令部を出る。
居なくなった途端に、何故か満桜は身震いをした。
この予感はどこかで体験したような……。とりあえず考えるのは後回しにして、大打撃を与えるための武器を設計しなければ……!
「待たせた」
たった一分で、榎本の元に八人の探索者たちが集まった。
「整列!」
そして、榎本が声を出した瞬間、一斉に整列して空気がひりつく。
「さて、まずは富士原。他に出せる銃器はあるか?」
「あっ、えーと……機関銃でなら20程度あります」
「可能ならば弾倉の多い銃が好ましい。それと爆薬があれば嬉しいが……」
「爆弾は、今からでも製造できます」
榎本が連れてきた探索者たちは、満桜のやり取りに目を引く。
なにやら、「まさかこんな小さな子供が、死の商人まがいを……」「生産中心の探索者なんて絶滅危惧種だぞ」「そう怖ろしいものを軽々しく作るのかよ」などと、少し貶ような言葉が漏れていた。
通常、生産職というものは、サブコンテンツ的な立ち位置だ。
ようするに、そこまでやる時間はない。それをやるなら迷宮でRankを上げた方がいい。サブ職業は神々が課した義務に入っていないのだ。
つまり、満桜は相当奇妙な人物だった。
……私だって、こんな苦労はしたくなかったよ。
地獄のデスギャザラーの悲しい過去を思い出しながら、満桜は希望に沿った銃器のケースを置く。
一人が中身を取り出して、使えるかの下調べをした。
「榎本さん。見たことない形状ですが、俺たちでも扱えますよ。しかも、知っている機関銃よりも軽くて扱いやすい」
「そうか。では、これより武器を銃に切り替える。二人一組、他探索者含め4部隊編成にしろ。そこら辺の調整は副隊長に任せる」
「任されました。他の探索者チームと連携して配置を決めます」
「その後、銃器の試し撃ち。不備があれば報告を。通信機は追って渡す。それでは各自、行動を起こせ」
「了解!」
号令を発すると、探索者たちが動き始めた。即座に二人一組を決め、銃の調整を終わらせ、各々の役割を果たそうと迅速に行動する。
「この人たち、すごい洗礼した動きをしてるね」
満桜と三由季は一切の無駄が無い精緻な動きに圧倒されて、呆然と立ち尽くす。
「なにをしている、早くついてこい。土台を作りにいくぞ」
「あっ、はい!」
まるで映画を観ているような光景だった。
指揮官が冷徹な表情で手振り上げ、その兵士たちが一斉に行軍して戦地に向かうシーン。
それを現実で見られると、迫力と緊張感、頼もしさが感じ、満桜の不安を払拭してくれた。




