010:勘を頼りに判断する男は何気に理不尽
◆side 要塞内部◆
――バルバ迷宮3階層、要塞内部――
別名、水晶平原とも呼ばれている階層には、ひとつのセーフスポットが存在する。
紫水晶の建材が周囲を覆い尽くすように造られた要塞。豪華な装飾を施されており、まるで王族貴族が立ち入る領域だと思わせるものだ。
しかし、それは外敵に対して防ぐことなど想定していなく、ただの見栄え重視の建造物であった。
一人の探索者が「イベントクエスト的な企画をやろう」と有志を募って、作り上げたものだ。バルバ迷宮の神様も参加したおかげで、無駄に凝った作品となっていた。
そもそもな所、要塞の機能など果たさなくてもよい。そこは迷宮の管理者である鬼神バルバが指定した絶対領域なのだ。管理者の設定によって、攻められないように指定されていた。
そう、本来ならば魔物など、襲って来ないはずなのだが……――
「――おい……っ! 敵の数は減っているか!?」
その法則が今、崩れていた。
要塞内にいる探索者たちは、全方位に囲んだ敵を撃退しようと懸命に戦っていた。
一人が要塞の上に飛び込んだ魔物を切り払いのけ、侵入ルートを塞ぐ。
その探索者の後方には、遠距離を得意とする魔術師達が魔法を操り、継続的な火力を出していく。
即席ながらも、攻城戦としての形を保っていた。
しかしどれも、戦局に影響を及ぼすものではない。その場しのぎの対処法であった。
ここにいる探索者全員が、聖域となった場所が襲われるという事態を想定していなかったのだ。
バルバ迷宮の魔物は、神に作られた仮初めの生き物。即ち、神の意のままに操れる人形。
それがどういう訳か、現在は神の支配下から逃れ、要塞内にいる探索者たちを血気盛んに襲おうと攻撃的になっていた。
「いいや! 探知系統のスキルを垂れ流しているが、全然減っていないな! むしろ増えたわ!」
「ふざけんなっ!? こちとら1000近い魔法を放っているんだぞ! 終わらせてくれや!」
「ハッハッハ。それは敵さんの方に言ってくれないか? 俺に聞いても分からんものだ。よぉーし! 一斉射撃準備……発射!」
その中で、全体を指揮する探索者、榎本 曜は、隣の仲間と軽い論争をしていた。
城壁の上で呑気な会話劇を繰り広げながら、這い上がってくるモンスターの数々を軽く跳ね除ける。そして、合図を出して瞬間火力を叩き込む。
一騎当千の活躍劇を見せているが、榎本は内心、困り果てていた。
果てが見えない戦いというのは、とても恐ろしいものだ。しかも、相手は休むことのない魔物の群勢。
一度先を考えてしまえば士気が衰えるのは明白で、瞬く間に攻撃の勢いが失っていた。これ以上の絨毯爆撃まがいの戦術を繰り返しても、状況は一刻もよくならないであろう。
「情報来ました!」
この状況下で、一人の探索者が浮遊するカメラを回しながら、一連の出来事を伝えていた。
彼はインターネット配信者だ。ネット媒体を使って世界中の人に伝えるコンテンツ。
最も、今や人口減少と共に廃れてしまい、趣味の延長線上という考えに定着してしまった活動者だった。
だが、今回はそれが有意義な情報源になっていた。
彼が行っているライブ配信でリアルタイムに発信でき、迅速に内部の情報が伝わっていたのだ。
そのおかげで、外部で待機している者――鬼神バルバがいち早く対応することができたのだった。
「どうやら違法アイテムによる効果だそうです! これって不味いですよね!?」
配信系探索者の報告を聞いた榎本は、この騒動における原因に驚く。
「はぁ!? 違法アイテムだと? 今時そんな物騒なの、とっくに無くなったと思ったのだが……その情報の出処はどこだ?」
「バルバの神様からです!」
「なら確実だな! 救援要請は?」
「今集めた最中らしいです。ついでに治療保障、特別手当込みもいただきました!」
「よし、でかした。配信者、これで多少の無茶はできるな」
「……といいますと?」
「心配するな。頃合いを見て突撃するだけだ」
「そんなー!」
配信系探索者は嘆いているが、悠長している場合ではなかった。
既に紫水晶の城壁には亀裂が生じている。もはや残された時間は少ない。誰もがあと一歩のところで、戦線が崩壊するだろうと思っていた。
だからこそ榎本は、リスクはあるが最も最善な方法を選んだ。
城壁が壊れるまで、魔力を温存。壊れそうなタイミングを見計らって、逆侵攻を仕掛けるのが、一番マシな案だった。
戦いの方向性を定めた探索者たちは、突破力のある人を中心に陣形を組んでいく。
そして、編成途中で要塞の壁――紫水晶の建材が、ついに壊れ始めた。
「まずいぞ! そろそろ持たない! 想定よりも紫水晶が脆い!」
「仕方ねぇ! 武器を構えろ! 気を引き締めて行け!」
声を上げ、士気を高くさせる。
榎本は持ち前の武器、大槍を持ち上げ「まるで大昔の戦争映画みたいだな」と軽口を叩き、皆に安心させていく。
その本人は、そんな率いる能力などないのだが、と小さく呟き、敵の方へ睨み付けた。
戦場は刻々と変化する生き物のような存在だ。如何なる状況であれ、常に冷静になれ。榎本は今もご存命な祖父の教えを胸に秘め、戦場を見渡す。
そこで――
「――……ん? なんか奥の方で煙が立ってねえか?」
遥か魔物の後方で、何やら不自然な煙が舞い上がっていた。
敵の進撃には見えなく、かと言って人が起こす煙にしては大きすぎる。不自然な
ものだった。
ただ、この戦場ではわずかな違和感。すぐさまカメラを映させるように、命令する。
「そういえばそうですね。カメラで拡大します……なんだこれ?」
「はぁ?」
見えているのに分からないとは、一体どういうことだ。もはや直接見たら早いと判断した榎本は、カメラを横取りしてその映像を見る。
「クルマ、だな。見たことのない車種だが……。あん? その上にはえらい勢いで薙ぎ払ってる人がいるな。しかも銃なんて廃れた武器で戦っているとは……」
「銃……ですか?」
「ああ、そうだ。効率よく人を殺すための武器だ。今は、歴史博物館で展示されている"遺物"でしかないが……」
――だが、これは好機だ。
二人の健闘によって大群の動きが鈍っている。それが僅かなものだが、榎本にとってはかけがえのないチャンスであった。
「あっ、コメント見ると救援の人らしいです。要塞を維持せよって……」
「ほう……。お前ら20人ぐらい俺に付いてこい。あの車両の所に行くぞ。エスコートさせないと行けないしな」
「いいのですか? 確かに数少ない援軍ですが……」
「俺は勘がいいから、はっきりと分かる。あの二人が今回のキーパーソンになるかもしれない」
「へぇ?」
「んで、なに悠長に眺めているんだ? お前も行くぞ」
「マジっすかー!?」
こういう突発的の出来事に対し、即座に判断する榎本。やはり、彼は指揮適正を持ち合わせていた。的確な指示を出すのに向いている。
そして、榎本は面白いものを見つけたような顔付きになり、奇襲を仕掛けている狂乱者の元へと駆け出した。
※
今日は010、011の二話投稿予定。
実のところ、まだ2稿の真っ最中なのです。
……間に合えばいいなぁ。




