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コンフィズリィを削って a carillonist  作者: 梅室しば
一章 甘粕寛奈の一大事
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コテージの料理

 車が停まったのは、白っぽい小石が敷きつめられた平地だった。案内板もロープもないが、藪や木々は取り払われて、駐車場として使うには申し分ない。今は、他に停まっている車はいないようだ。

 見上げると、霧はまだ厚く、層を作って自分達を覆っている。大気は真冬に戻ったように冷たい。空の全体にぼんやりとした光が拡散しているが、()の天体は輪郭どころか、位置さえも判然としなかった。

 史岐について歩いて行くと、やがて前方に、ぽわっ、ぽわっと暖かい色の光が滲み出てきた。左右対称に、高い所にもその光はある。

 さらに前進すると、それは平地の端に建つコテージから漏れる明かりだとわかった。二階建てだが、すべての窓に明かりが灯っている。大きさもデザインも、レストランとして捉えるのが自然に思えたが、看板やメニューはどこにも出ていなかった。

 入り口の前には短い木製のステップがあり、その左右がテラスになっている。天気の良い日や書き入れ時には、そちらも客席として開放されるのかもしれないが、今は左側のテラスにテーブルと椅子が一揃い出ているだけだ。

 それよりも、手前にあるコンテナが印象的だった。硝子製のモザイクでシェードをかけたランプが一つ、灯りが入った状態で置かれていたのだ。

「わあ、綺麗ですねえ」寛奈はしゃがみ込み、色とりどりのタイルが生み出す光の変化と幾何学模様を楽しんだ。「看板代わりでしょうか?」

「そうかもしれないね」思いがけず真面目な顔つきで史岐が頷く。「文字を書いた看板を出しても、客が皆、読めるとは限らないから」

「へえ……」

 よくわからないけれど、偉い人達がお忍びで使う店なのかな、と寛奈は思った。一見さんお断りとか、時価とか、そういう言葉とセットになっているやつだ。日本語のネイティヴばかりが訪れる訳でもないのかもしれない。

 史岐がドアの取っ手を掴んで押すと、ガラゴロと無骨なベルの音が響いた。しかし、それを聞いても出てくる者はいない。

 史岐は気にする風でもなく店内へと進む。寛奈もランプの前から離れ、彼に続いた。

 入ってすぐの所に、楽譜台のような黒いスタンドがあった。薄い冊子がページの真ん中辺りを開いた状態で置かれている。

 メニューだろうかと思ったが、史岐の後ろから覗き込むと、

『二階にお進みください』

という文章が書かれているだけだった。

「これって、わたし達に向けて言っているんですか?」寛奈は眉をひそめる。「お店の人、いないのかな」

「ここには出てこない。待ち合わせ場所に使われるだけ」史岐は呟くように言って、二階を見上げる。「行こう」

 スタンドの横を通り抜けて、階段へ。フロアのほぼ中央から上っていくが、左側が吹き抜けの構造になっている為、席数は一階の半分にも満たない。

 上った先にもさっきと同じスタンドがあり、こちらには、

『右の窓際のお席でお待ちください』

と書かれていた。

 二人は同時に右に目をやる。窓に面しているのは、確かに右端のテーブルだけだった。階段からは最も遠く、最初にくぐってきた入り口を見下ろすような位置だ。

 そのテーブルには、すでに料理が配膳されていた。

 たった今厨房から出てきましたと言わんばかりに湯気が立ちのぼっている。近づいていくと、ご丁寧に二人のネーム・プレートまで用意されていた。寛奈が奥、つまり、窓に近い席である。

 料理は二人とも同じものが用意されているようだ。土鍋のミニチュアのような、素朴な器に盛りつけられているのは……。

「ビーフシチュー?」寛奈は呟いた。

「そうみたいだね」史岐も頷く。「何の肉かはわからないけど」

 不安げに自分を見た寛奈の心中を察してか、

「大丈夫、僕達がスーパでも買える肉だよ」と言い添えた。「たぶんね」

「たぶん……」

「調理過程が見られないから不安かもしれないけれど、具材は相手が用意したものだから、箸をつけないのは無礼にあたるんだよ。甘粕さんにも食べてほしいな」

 史岐は席に座り、スプーンを手に取ると、おもむろに一口食べて「あ、やっぱり牛っぽい」と言った。

 どうして調理過程を見せてもらえないのか。なぜ相手が用意した食べものでなければならないのか。そういった肝心な部分が省略された説明によって、かえって寛奈は、今起きているのは自分の物差しでは測れない事象なのだと直感する事が出来た。

 覚悟を決めて、自分も窓際の席に着く。

 史岐は黙々とシチューを食べている。しかし、早く食べきってしまおうとがっついている風には見えない。むしろ、一口ずつきちんと味わっているような余裕がある。

 寛奈もそれに倣おうと、スプーンを持ち、深呼吸をして器を引き寄せたが、そんな風にがちがちになって身構えていても余計に食欲は減衰していく一方なのだった。

「こういうのは初めて?」史岐が囁くような声で訊く。

 寛奈は、はっと彼の顔を見て、首を振った。

「なんとなく……、どういう場所なのかはわかります。このお店に来るのは初めてですけれど」

 史岐は頷き、スプーンを置いた。

「今日は何をすると聞かされていたのか、教えてもらえるかな」

八尋壺(やひろのつぼ)という土地に住んでいる方の所に、オルゴールを持って行って、開けてもらうように頼んでほしいと言われました」

「八尋壺……」史岐がくり返す。「初めて聞く地名だな。甘粕さんは、どこにあるのか知っているの?」

「いいえ」寛奈はまた首を振る。「ただ、先輩が車で連れて行ってくれると説明を受けたので、先輩がご存知なのかと思っていました」

 史岐は、ふむ、と腕を組んで思案顔になった。どこまで説明すれば自分に状況が伝わるのか、考えてくれているのかもしれない。

 寛奈は意を決して、ここまで引っ張ってきた隠し球を使う事にした。

「少し、わたしの話をしても良いですか?」

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