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コンフィズリィを削って a carillonist  作者: 梅室しば
一章 甘粕寛奈の一大事
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里山の、さらに奥

 寛奈が自転車で移動出来る範囲を超えて走ること約一時間。車はまだ一応、潟杜市内を走っている。県庁所在地の薙野(なぐの)()に次いで人口が多い街だから、面積も広いのだ。しかし、どうだろう、もう少ししたら市境を超えてしまうのではないか、という所で国道から逸れた。

 案内標識も看板も出ていない、ごく普通の集落の中を通る道だった。昔ながらの木造家屋を両側に見ながら坂道を上っていく。どの家にも門や生け垣があり、中の様子がわからない。陽が射して、明るい場所だけど、ここで下りるのは何となく怖いな、と感じる雰囲気があった。

 行く手には濃い緑色の山がこんもりとそびえている。標高は千メートルもなさそうだ。近くに集落もあるし、まさに里山と呼称するのが相応しい素朴な印象である。麓には棚田が作られており、柔らかな色彩の雑草で覆われた(うね)が曲線を描いて折り重なる光景に、寛奈は、ほう……、と感嘆の息を漏らした。

 上り坂は棚田の左側を通って、山に吸い込まれていく。少し首を伸ばして前方の様子を窺うと、目印になるような物が何もない代わりに、進入禁止を呼びかるような障害もない事がわかった。ついでに舗装も、されていない。

 舗装が切り替わる所で史岐がブレーキを踏んだ。

「この先、揺れると思う」彼は視線だけをこちらに向ける。「甘粕さん、車酔いする人?」

「しない人です」と答えつつ、寛奈はオルゴールが入っているバッグをお腹にくっつけるようにして持ち直した。「オフロードならへいちゃらですよ。小さい頃、よく、祖父の軽トラックでとんでもない所にある畑に連れて行かれましたから」

「頼もしいね」史岐は口もとに笑みを浮かべてギアを入れる。「じゃあ、ちょっとの間、我慢してね」

 再び車が走り始める。

 頭上を覆う枝葉がどんどん密度を増し、狭い車内はあっという間に薄暗くなった。光が減ったせいで気づくのが遅れたけれど、霧も出始めたようだ。どこに向かっているのかわからない不安も相まって、ひんやりとした感触が肌を這い上ってくるのを感じたが、しかし、それよりも、車の方が心配だった。

 オープンカーだし、車高もそんなに高くない。オフロード向きのモデルではないんじゃなかろうか。国産車だと思うけど、それにしたって壊れたら、直すのにいくらかかるんだろう。

 最後の方はそんな事ばかり考えていたから、車が停まった時、寛奈は思わず座面のシートを触っていた。その下にエンジンがあるという確証もないけれど、頑張ってくれてありがとう、と伝えたかったのだ。

 一部始終を史岐が見ていたら、不思議がられたかもしれないけれど、彼はエンジンを切るとすぐにサングラスを外して車を下りた。

 寛奈も続こうとしたが、慣れない車内でもたついている間に、史岐が助手席の方に回って外からドアを開けてくれる。

「わ、すみません」

「慌てなくて良いよ」史岐は微笑んだ。「バッグ、よかったら預かろうか」

 寛奈は頷き、バッグを彼に渡す。シートベルトを外すだけなら片手でも出来るが、コクピットのように隙間の少ないシートから抜け出すには、両手が使える方がありがたい。

 借り物のコートを汚さないように気をつけながら軽く脚を振って、えいやっと勢いをつけて地面に下りた。

「お疲れ様」史岐がバッグを戻してくれる。「気分はどう?」

「はい、わたしは、ばっちりなんですけど」

「けど?」史岐が首をかしげる。

「車が大丈夫かなって」

「ああ」史岐は合点がいったように頷いた。「結構揺れたね。でも、心配ないと思うよ。パンクするようなものは踏まなかったし、これでも一応、スポーツカーだから」

「ちっちゃいのにタフで、偉いですね」

「うん、でも、もうだいぶ古いけど」

 史岐はキーをポケットに仕舞い、腕時計で時間を確かめる。

「そろそろ良いかな」と呟き、彼は寛奈に背を向けて歩き始めた。

「足元、濡れている所があるから気をつけてね」

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