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洛中ラヴァーズ  作者: 澄田こころ(伊勢村朱音)
第四章 七夕月

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第四話 執着

 虚飾にみちた笑い声が、夜空にこだまする。


「あははっ! 私が自分の事信じられへんのに、なんで先生には信じられるん?」


 何も言わずに、私をその澄んだ目でみつめる。その視線の強さに耐えられず、目をそむけた。


「私みたいに、重くてめんどくさい子やめといた方がいいと思うんやけど。先生こないだ、二年生の子に告られたんやろ? そっちの子にすればいいやん」


「別に生徒と付き合いたい訳じゃない。たまたま生徒だった君の事が好きなだけ」


「私は先生なんかいやや。学校でもこそこそしなあかんし、お母さんには、反対されるし。会いたい時に会えへんし。それに、この間展覧会に誘ってくれた、京美大の人と明日宵山に行く約束してん。楽しみやわ」


 私何しているんだろ? 先生の事諦めるためにここに来たのに、先生にあたりちらしている。

 やっぱり私は、心の卑しい子だ。そんな子は罰を受けないと。


「明日、デートって浮かれてる人が一人で階段に座ってぼーっとしてないよ」


「先生は、心に傷をおっているあわれな生徒に、寄り添う自分に酔ってるだけやろ? 何でわかってくれへんの? 私先生といたらつらいだけや。だってこの先、先生は私の事が重荷になるに決まってる」


 こぼれ落ちる卑しい言葉。泣きたいくらい、なさけないのに、涙なんてもう出ない。

 先生は私を陶器の人形みたいに、そっと抱きしめた。


「どうしたら、俺の事信じてくれる?」


 先生の胸を押し、体を離す。大きな手をとり、掌にキスをした。爽やかな石鹸の香りがする。そして頬から首、薄いブラウスの上をはわせ、私の欺瞞にみちた胸にいざなう。

 男の人を誘った事なんてないけれど、媚を売るとびきりいやらしい声で言った。


「私けっこう胸大きいやろ? 先生の部屋に連れてって。そして心も体も繋がろう。そうしたら信じられると思う」

 無表情な先生は、手を私の胸からゆっくり引きはがし、空虚な目をみつめる。


「だめだ」

「なんで、私もう大人やで」

 もう、子供ではいられない。ウソをつく打算的な大人。


「俺をためすような事はいくらでもしていい。俺が今君を抱いても、お互い傷つくだけだ。俺は君を絶対傷つけない。君を愛してる」


 簡単に私の事抱いたら、先生の事軽蔑できたのに。それ以上に、こんな最悪な私を傷つける事ができたのに。


 でも、愛してるって何?

 昔、リビングに飾られていた、父と母の結婚式の写真が目に浮かんだ。二人は、ウエディングドレスとタキシードを着て笑っている。

 永遠の愛を神の前で誓い合った二人が、罵り合う。


「絶対とか、永遠とかそんな言葉信じない」


 私は、一人ぼっちで夜空に輝く天の川の岸辺に立ち、対岸を見ている。でも、そこには誰もいない。会いたいと思う人は誰もいない。ただ、果てしない闇が広がっているだけ。


               *


 無言のタクシーの車内、窓に切り取られた、風景は、モノクロで、等間隔に並んだ外灯が光の線のように流れていった。


 俺は、窓に額を付け、外を見ている彼女の横顔を見た。

 どうしたらいい? どうしたら彼女を救える?

 救う? 俺にそんな大それた事ができるのかよ。聖人か? 教祖か? ただの男のくせに。


 俺は彼女を失いたくない。彼女のためじゃない、自分のためだ。でも、この思いが彼女を傷つけているのじゃないだろうか?


 教師の立場を考えれば、ここらが潮時だ。彼女にも拒否されたんだから。

 でも、あきらめられない。


 今まで別れをきりだされても、引きとめた事はなかった。くるものは拒まず.去るものは追わず。が俺の恋愛スタンスだった。

 今までとは違う見苦しいまでの執着。なりふり構わず、相手をもとめてやまない、身を焦がす思い。


 タクシーは北山通りで停まった。

「ちょっと歩こう」

「さっきは、早く帰ろうって言ったのに」

 彼女は俺をいっさい見ない


 夜更けの住宅街は、濃い墨を垂らしたように暗く、静寂が家と家の隙間をうめている。

 今日は月もでていない。俺の後ろから彼女がついてくる。その足音を、耳をすませ確認する。


「なんか、めんどくさい。おばあちゃんの事はそのうちばれてたやろうし。その事がなくても、私の心は傷だらけで情緒不安定、どうせ先生とはうまくいかんかったと思う。これで終わりにしよう」


 なげやりな彼女のセリフに、俺はぴたりと歩みを止め、振り返った。

「いやだ」

「いやって言ったって、私がもうお終いにしたいの」


「じゃあつながろう」

 彼女の顔が、外灯の下で赤くなる。


「今やらしい想像しただろ?」

 怒った彼女は走って、俺の横を通り過ぎようとした。すばやく腕をつかんだ。


「体をつなぐんじゃなくて、言葉でつながろうって事」

「意味わからん」

 手を強引に振り払われた。


「今から毎日君に、朝昼晩、三回メッセージを送る。そこからやり直そう。君は返さなくてもいい、俺が勝手にする事だから」


 言葉は、伝えたい相手がいるから、はじめて存在する。相手に自分を伝えたいから、思いが、言葉があふれ出す。


「私ラインしてない」

「じゃあ、メールでいい」

 彼女が呆れたように、笑った。


「昔で言うメル友ってやつ?」

「そういう事」


「でも、教師が生徒と個人的にメールのやりとりしてもいいの?」

「ばれなかったら大丈夫」

 そんな事はどうでもいい。さっさと彼女のメルアドを入手し、スマホに記憶させる。


「あっそうだ言い忘れてた。七月の最終日曜日京美大のオープンキャンパスがあるから、行った方がいいよ」

 何時の間にか家の前まで来ていた。


「今日は、ありがとうございました」

 彼女は礼を言い、深々と頭を下げた。玄関のドアを開け、家に入っていった。


 これで、よかったんだろうか?

 こんな事で、彼女を繋ぎとめる事ができるだろうか?


 これがダメでも、また違う方法を考えればいい。何度も何度も。

 俺はメールを打った。

 ―おやすみ


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