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薄い金色の布を何重にも重ねたヴェールで仮面を付けた顔を覆い、首元には流水晶と燈楼瑪瑙が光の反射により輝き、カナリーイエローの金色の刺繍が入ったチューブトップのドレスをふわりと揺らしながら、長い黒髪を緩く下の方で1つに結んだ壮齢の男性に手を引かれ中に入って来た少女は暗がりにより、よく見えない周りの雰囲気から何度か経験している既に手遅れな状況になっているのを肌で感じ、逃げ出したい気分に襲われていた。
(…何が此処なら大丈夫よ!全然大丈夫じゃないわよ!!暗すぎて集まっている人の顔は良く見えないし!…それに玉座には既に人が座っているようにも見えるし!もう!どうなっているのよ!!)
長い階段上にあるランタンに照らされた灯りが反射し鈍く光る金色の背もたれが長く余裕のある座面で作られた複雑な模様の椅子に仮面も付けているのだろうか、全身真っ黒な人の塊が見えて眉を寄せてしまう。
「お集まりの皆様大変お待たせ致しました。我が弟ペルデンテの婚約者候補になったお嬢さんをお連れしました!!」
「???!!!!」
突然此処まで手を引かれ案内された婚約者と聞いていた玉座に座るべき相手の手が離れていくと集まっている人達に中から光が漏れる大きなルスハーデのエポレットに取り付けられた金色のマントを翻しながら手を広げ大きな声で高々と紹介され驚きにより固まった。
「まぁ!!!お可愛らしいこと!!」
「何を…こちらからも顔は見えないじゃないか…。」
「顔は見えずともどの有力な士官の娘とも婚約を拒んでいたんだ、それはそれは魅力的なのだろう…。」
その発表を受け集まっている人々は様々な感情の声を上げているが、それどころでは無い少女は玉座に訝しげな視線を向けていた。
(あそこに座っているのは王弟……?って?!そうじゃないわよ!!演習はどうなったの!!)
先程迄聞いていた話しではこの場所で式の予行演習を行い、明日だけお世話になる家に用意された華美な装飾が施された高い山車の上に乗り様々な人達が踊り歌う列と共に婚約をする目の前の相手が待つこの王宮へと入る予定だった。
「ええ、皆様に紹介出来ないのが残念な程とても魅力的なお嬢さんなのですよ。」
「まぁ!ファルセダー様がそう仰るなんて…。」
「奥様達が聞いたらまた部屋を勝手に1つ空けてしまうのではなくて?」
「確かにな!!」
「「「フフフ…ハハハハハ!」」」
「……。」
白地に金糸の大きな花の模様が縫われた足元まであるジェラバに金色の腰帯を付けた壮齢の男性が少女を評価すると何故か周りは愉しげに嗤い始め、息苦しさを覚えそうな雰囲気が重くなるが当の本人は気にする様子もなく微笑んだ表情のまま聞いていた。
「……皆様お戯れは其れ位で、ただ……勿論お会いした時に1度は考えました。」
「成る程…ハハッ!」
「アハハハハ!流石ファルセダー様だ!!」
「「「「「フフフフフフ!!」」」」」
軽い調子の困った様な声で男性が話せば重い雰囲気は変わり嘲るような笑いが至る所から湧き上がった。
「場が和んだ所で本題に戻りますが、皆様がご存知の通り私とは違い玉座に座る弟は婚約者にと紹介したお嬢さんを遠目で見ては会う事無く断る程好みに煩いのですが…
「煩いとは…言い過ぎではないか?」
「それは、仕方が無いですわ…。」
「誰彼とは行きませんものね…。」
王弟の話しになると皆急激に言葉の歯切れが悪く静かな雰囲気を取り戻した。
私も色々と事情のある弟可愛さに無理強いする事もなく全ての家に断りを告げておりましたが、もう候補に上がる目星い相手が居ない状況に頭を悩ませておりました。」
(何が始まるのかは知らないし、婚約を結ぶのは王弟でも構わないけど…明日の式の話しは一体どうなったのよ!!!)
黙って聞いていた少女は話しの流れから自分の楽しみが奪われそうな気配を察知し、大声で泣き出してしまいたい衝動にかられながら、先程から手を広げて喋りながら絨毯の上を白いブーツを履いている足で1人歩き等々玉座へと続く階段を上り始めたこの国の王を不信感の籠った瞳で睨みつける。
「我が家ははまだ……」
「私の所にも娘はいるが……」
少し近くから聞こえて来るそんな言葉に“是非どうぞ!!”と満面の笑顔で伝えたくなるが声を出せばこの先の安全が保証出来ないから黙っているよう此処に来るまで様々な人に散々言われているせいでそれも叶わなかった。
「ですか…そんな時に、偶々南の大陸の調査に向かっていた者達が彼女にある方の面影を見て家を訪ねるとその方より渡されたと言うあの首元を飾る見事な流水晶と燈楼瑪瑙の装飾品を持ってきたのです!!」
「「「っ!!!??」」」
「南……ならばあれは…。」
「いや…あの時の物とは輝きが…」
(全然違うわよ!!これは…別の方から頂いた物だし…もう話しが滅茶苦茶じゃない!!……酷すぎる!!!)
自分が聞かされていた話しとは全く違う上に事実まで捻じ曲げてきたこのスピーア国の国王への怒りに流石に看過できず相手への不信感を個人的な恨みに変えるとその姿を瞳に捉えた。
(明日を本当に…本当に…本っ当に!!!心待ちにしていたのに………)
この国で目覚めてから直ぐに空に浮かぶ明るい黄の様な橙のような金のような不思議な色の幻金花が舞い散る姿に胸が弾み、これから数年安全に暮らす為に仮の婚約で式を挙げるからと用意された幾重にも重ねられた布で作られ顔以外の肌が出ない重たそうな自分の趣味とは程遠い白いドレスに顔が一瞬無くなりかけたが、あの花を近くで見ることが出来るのだと気が付いて以降は満面の笑みで着用出来る位に満たされていた心は打ち砕かれ、悲しさと悔しさにより、悪い視界は更に歪んで映り始め、あの花を近くで見る機会を奪う相手をゆっくりと優雅な足取りで追いかけ始めた。
1、2話と書いてしまったのでの長くなります!!
最終話まで読んで頂いてからでも構いませんが、出来ましたら評価やリアクションをして下さると次のお話し作りの励みになり嬉しいです…!