(29)
時間が無くこんな方法でしか助ける事が出来無かった悔しさが手に伝わる冷たく固い身体の感触に湧き上がる。
「それにしてもお前…こんな事されて…なんであんな風に笑っていられたんだ?」
その穏やかな表情に首に残る痛々しい噛み跡にそっと触れ、返ってくる答えが無い事は分かっていても起きている時には聞けない問い掛けをしてしまう。
「………?」
首から手を離し見えている所に浮かぶ鬱血跡の箇所も触って確かめていると、花が敷き詰められた足元に何か固いものが手に当たる感触に取り出して見つめる。
「……こんな顔もするんだな……。」
それは家族と描かれた肖像画だったが、見たことのない顔で幸せそうに笑う姿に何とも言えない気持ちが湧いてくる。
(もし…自分が…。)
「……ハッ!」
ありもしない事を考えた自分に自嘲すると肖像画がを元の場所に戻し、自分が取りに行った流水晶と燈楼瑪瑙を身に着けたこの世から存在しなくなった彼女に覆い被さる。
「…俺は…お前の事を…。」
仮面を外し生涯伝えられない気が付いたその思いを冷たい身体に残すと、仮面を被り直し部屋から出た。
ーーー
【幸せは一日しかならず。】そんな見出し文から始まった個人で作られた記事はボイティが亡くなった次の日に発行された。
スヘスティー公将家とエクソルツィスムス子将家の婚姻は恙無く行われた。
身分差で婚姻は結べないとお互い婚約者から隠れるように仲を深めていた2人の婚姻式は好奇な目を持つ参列者の記憶に残る程睦まじいものだったらしい。
花婿のあまりの溺愛ぶりに花嫁へ同情する声もあったらしいがスヘスティー公将家への恐れからか婚姻式の詳細はこれ以上誰の口からも語られる事が無く真偽を知る事は出来無かった。
然し婚姻式が終了し二人を乗せた顔見世の儀式では神輿が街路を一周するまで桜銭が至る所で舞い上がり上空や街道を一面染める上げ続け、集まっていた国の人々から祝福の言葉が掛かり、最近では稀に見る盛大で見事としか言いようのない儀式はもう見る事が出来なくなった幻桜花が空に浮かんでいた頃を彷彿とさせる程に圧巻の風景だった。
しかし人々は許しても天は許さなかったのか教会に戻り招待された参列者からも祝いの桜銭が舞い散ちる庭園で花嫁は何者かに毒によって暗殺された可能性が高い。
その場に居た誰一人も気が付くことなく新郎が付けた無数の鬱血跡と首筋に深く残った噛み跡以外は何処にも外傷が見当たらず、証拠も何も見つからなかった事から今回の暗殺は自然死として公の新聞には公表されるだろう。
何故そんな仮説を立てかと言えば参列しなかった筈のこの悲劇の婚姻式を嘆いたパフィーレン姫君はスピーア国から秘密裏に来ていたらしい国王の使者へ婚姻の白紙を求め涙ながらに嘆願したと言う話しが聞こえてきたからだ。
しかも相手から嘆願している事実が確認出来るまで応じることは出来ないとの返答を受けたパフィーレン姫君が光家家長に願い出て亡くなった花嫁の遺体をスピーア国に送る事を了承した。
パフィーレン姫君が何を話したのかは分からないがスピーア国でのみ作られている秘薬の毒物が花嫁に使われたのであれば話しの流れに納得が出来るだろう。
もしその秘薬を使われていたのならこの暗殺は個人的な話しでは無く何処かの国が関わった可能性が高く、狙われたのは勢いのあるスヘスティー公将家の花婿で花嫁は何も知らずただ巻き込まれた哀れな被害者なのかも知れない。
またこの件が片付いても花嫁の遺体は戻ることが無いと光家から伝えられたエクソルツィスムス子将家家長の怒りは凄まじく、あわや反旗を翻しかけた所で夫人により諫められ事なきを得たが、婚姻式後に急遽行われた親族のみの短い葬儀が執り行われ参列した家長が短剣、兄が封書、そして何故が元婚約者のヴェルトロース侯将家ご子息は宝飾品を納めていた。
その後泣き崩れ娘に縋り付くエクソルツィスムス子将家家長を慰めながら、最後に夫人がスピーア国に送り出される娘の遺体の柩に入れたのは花嫁と家族が描かれた小さな肖像画だったそうだ。
時間が無かったとしても生きている者の肖像画はあちらに一緒に連れていかれるため、案内を頼める死んだ者の肖像画を入れるのが通例とされているのを知っている筈だがそれだけで彼女がどれ程我慢したのかが見て取れた。
そして許される事ではないが深く傷を付けてしまう程愛していたのだろう花嫁を亡くしてしまった花婿の嘆きは凄まじく、その場で命を絶とうと暴れ回り多くの参列者によって抑え込まれ、教会の常駐医により眠らされると直ぐに家の馬車でスヘスティー公将家と送られていた。
今回のこの恋物語は開ききる前に天の嵐によって散らされ、もう二度と見る事は出来ない空に咲き誇った美しくて儚い幻桜花の様に人の心に悲しみを残すものだった。
〜シュランゲ〜
ーーー
「随分と面白い内容の報せが誰かから送られて来ました。エレミタは知っていたのですか?」
最近多忙を極めている母から呼び出された場所に向かうと、冷え冷えとする頗るご機嫌そうな顔で差出人不明の手紙を手に取り渡されたのは丁度妹が無くなった1ヶ月後だった。
「………何ですかこれは?!」
そこには数日前にビッダウ国から婚姻の白紙について謝罪を受けたスピーア国で公の場には姿を現さない第二王太子が秘密裏に婚約式を行ったと書かれてあった。
「本当に知らなかった様ですね……。」
「ええ、全く。」
相手は最近見つかったフェガロフォト大尉という人の忘れ形見の少女らしいが、手紙を読み終わり表情が取り繕えない程に頭痛がしてきた頭を抱えてしまうと、母は表情をいつも通りに戻していた。
最終話まで読んで頂いてからでも構いませんが、出来ましたら評価やリアクションをして下さると次のお話し作りの励みになり嬉しいです…!