(20)
控え室から式場まで色々と努力したが諦め気を張り続けながら大人しく抱えられて移動すると、父が心配そうな顔で大勢の列席者が集まっているだろう閉まった広間の扉前に1人いた。
(お父様!!やはり嫌です!逃がして下さい!!)
父の顔を見ると安心感から瞳が勝手に潤み始め今すぐに手を伸ばして抱きつきたくなった。
「……もう大丈夫よ、先に中に入って待ってるでしょ?降ろして頂戴。」
「僕も一緒に中に入るよ。」
そんな姿は見せないように落ち着きゆっくりとした声掛けるとまたファーレからは相変わらず意味が分からない言葉が返ってきた。
「………何を言っているの?この儀式は知っているわよね?」
父と娘2人だけで最後に話しをした後で父が娘を嫁ぐ相手に送り出す為の儀式の筈が何故花婿も一緒に入ろうとするのか疑問しか湧かなかった。
「もし君が入って来なかったら大変じゃないか?」
「……父も一緒なのよ?そんな事ある訳がないじゃない?」
ファーレが入り次第泣き付こうとは思っていたが、父が良しとしない限りは自分だけで逃げようなどと考えてはいないのに、何故か入って来ない事を確信しているような真剣な表情を向けて来た。
「どんな事も分からない。」
「…ファーレ殿あの時言いましたが?」
「ええ、だから大人しくしております。」
何故か父がファーレを睨みだしたが頭の中はそれどころでは無かった。
(………お父様あの時っていつですか………?)
会ったのを見るのはあの時と今日で2回目だが、話しているのを聞いたのはあの時以来始めての父がファーレに何か伝えていた記憶がなかったからだ。
「…………何を言っても無駄そうね。」
考えれば考えるだけ頭が重くなっていくことに、もう何もかもが嫌になり全て諦め、なるようなれとファーレの腕の中で1度瞼を閉じて開いた。
「ああ、僕は君と一緒になる事を夢見ていたんだ、片時も離したくない。」
「お父様、もう諦めて参りましょう。始まらなければ終わりませんから。」
「…ボイティ……そうか…。」
破顔したファーレから視線を外し、父に微笑んで片方だけ手を伸ばして見せれば、もう既に泣き出しそうな顔をしながら私の手を取り力を込めて握ぎってくる。
(はぁ……。逃げ出せなかったわね…。)
3人が扉前に並んだ所で、教会職員達は戸惑いながらも列席者達が待つホールの扉を開いた。
(何か……色々と記憶から消したいわ……。)
そこからは近年類を見ないというより、誰一人経験した事が無いだろうとんでもない式が始まった。
(私やっていけるのかしらね?)
花婿が来ないと騒めく列席者達を花嫁を抱えたまま3人で入場し驚かせ、赤い絨毯の上に唯一金糸で織り込まれた幅のある線の手前で手を離す筈の父は、ずっと握り続け困った私が手を添えると眉を下げた顔になり漸く手を離した。
(婚姻式って言うより供儀式みたいよね…。)
誓いの儀式の直前まで抱きかかえたまま式を続け白一色の教会内はお目出度い式のはずが誰1人の祝福の声も啜り泣く声も聞こえる事無く続いた。
(どう考えてもとんでもない所に来たなって思っているわよね。)
そして漸く腕から降ろされたかと思えば、また足に力が入らなくなる程長く濃厚な誓いを交わされ、奪おうとしたら潰すとどんな弱みを握っているかは知らないが抱き留められたまま笑顔で他の将を頂く家と光家を脅し出しお祝いに来ていた筈の列席者の雰囲気を寒々しいものに変貌を遂げさせた。
(両家ともファーレの被害者ね……お父様もお義父上様もこれから大丈夫かしら…?)
父と母と兄はあまりの事に目を丸くし困惑した後ファーレに刺すような視線を向け、スヘスティー公将家は皆頭を抱え色を失った顔になっていた。
(あのお母様とお兄様が感情を見せるのを久々に見たわ……。)
「これで誰も君を奪いには来ないね。」
「………元からそんな怖いもの知らず居ないわよ。」
再び黙って抱きかかえられながら花婿と花嫁だけが歩くことを許される白色に敷き直された絨毯の上を広間の扉に向かって歩いている。
(顔以外にこの心の強さもこれの取り柄ね……。)
ファーレは顔色が悪くまるで悪魔の生贄のような花嫁に向けられている同情が込められた視線に全く気付いていないのか、機嫌のよさそうな表情で歩き続け広間から出た。
(あぁ……そう言えば、まだ終わりでは無かったわね。)
余りの衝撃に忘れていた婚姻を結んだ2人の顔見世の儀式で乗る神輿が見えて来るとずっと気を張り続けた身体は限界を迎え始めていたので少しホッとした。
「これが終われば漸く僕の物だね。」
「………。」
そう言うと花嫁を壊れ物でも扱うようにゆっくりと乗せて自分も反対側から乗り込んだ。