(11)
“カンッカンッ”
「お嬢様お目覚めのお時間です。」
まだ暗い早朝扉を叩く音と共に聞こえてくる侍女の声で起こされた。
身体に疲れは無く当たり前だが部屋にモイヒェルの姿は無かった。
(はぁ……等々……。)
そこから侍女達により準備を進められると、いつも通りの朝よりはまだ速い時間に準備が終わり一階の庭園が見える休憩室に移動すると其処には昨晩遅くに屋敷に着いたというお兄様がいた。
「おはよう。愚妹。」
「おはうございます。鬼い様。」
礼服のジャケットを羽織らず詰襟のシャツ姿で紅茶を飲みながら庭を見ていたようだったが、私に気が付き手を挙げこんな日でも変わらない態度と笑顔に気が抜ける。
「もっと酷い顔かと思ったが案外まともで安心したよ。」
「……そう言えばお一人で来られたと聞きました。お義姉様は後から来られるのですか?」
戻って来た母から預かったと言って義姉の手紙を渡され“婚姻式には絶対に出席します。”と書かれていたのを見て会えるのを楽しみにしていたがどうやら今はいないらしい。
「ああ、最近体調が悪いと言っていたんだが懐妊していたらしく、大事を取って連れて来なかった。絶対に行くと聞かなくて昨日は屋敷への到着が遅れた。」
「そうなんですか!?お兄様…おめでとうございます。」
「あぁ。……ありがとう。」
どうやらお母様も知っていた様だったが、行くと言って聞かないお義姉様に“後は貴方の裁量に任せる”と言われ万が一来ても気を使わせない様に黙っていたらしい。
「産まれたら何を贈りましょう、やはり服や装飾品でしょうか?それとも何か玩具の方が宜しいですか?」
「………。」
「お兄様?」
「……いや、祝いはこちらで好きに買うからこれで良いぞ。」
お祝いの贈り物の話しをただ黙って頬に手を当て人の顔を見つめる兄に問いかけると突然手を親指と人差し指だけ立て、らしいお祝いを求められた。
「……お兄様はこんなお祝いごとの時にも現金を求めれるのですか…?送る側の気持と言うものも……。」
「ボイティ、身内だから言うんだ。金はなこんな時にもどんな時にも必要だろう。それは教えていた筈だがお前は最後迄何も分かっていないのか?何かある度にそう金を馬鹿にする奴らは本質を理解できていないんだ…
そんなブレる事のない兄の思考に呆れた視線を向ければ笑みを深くしてお金がいかに素晴らしいものなのかを淡々と語り始めた。
(あぁ…失敗したわ、こんな日にお兄様の前でなんてことを…。)
小さい頃から何かあれば兄の部屋に連れて行かれ笑顔で嫌という程学ばされ続けるお金の話しは、泣いても泣いてもずっと続けられ最後はどんな風に家が無くなるかで終わりその後はただ謝り、漸く部屋から出された。
“龍涎弦”と“アーヒャッヒャッヒャッ”を購入したいと言った時は2度と部屋から出して貰えないのかと思ったが、購入したい店主に店がない事を知ると漸くいつも通り家が無くなる話しをされ解放された。
(家を出る日まで説教されて終わるなんて……。)
それと幸せは買えないと言うが、持っていればいざという時に……必要な誰かを守ってやれる。金は偉大だろう?」
憂鬱な日に更に憂鬱になってくる話し聞き続ければ最後にそう優しく語りかけるように話しを終わらせた。
「お兄…」
「だから気にせずに来れる時に好きなだけ持ってきて良いぞ。」
「………はい。」
家が潰れる話しを待ったがいつもと違う話しの終わり方に、家を出る今日迄兄の本質を今まで勘違いしていたのかと思ったが、最後の言葉にやはり何も勘違いをしていないのだと顔を見て納得し、明確な金額の無い兄夫婦へのお祝いに幾ら持っていけば良いのか分からないまま返事をした。
(時間までは後少しね。)
兄は少し行く所があるからとまだ早い時間だが席を立った後何処かへ向かってしまい、入れ違う様に父から1時後には屋敷を出る旨の伝言を受けたヴァルターがやって来た。
列席者の人数が多く教会までの道が混む前には会場入りをする為にだろうが漸く起きる時間を迎え後数十分後には家を出る時間になると思いがけない訪問者が現れた。
「オクラドヴァニア様…?」