(10)
少し緊張した空気が伝わったのかモイヒェルが一瞬軽く目を見張ったが直ぐにその表情は優しいものに変わった。
(告ればこの関係が終わってしまうのかしらね……。)
「モイヒェル私の貯金を全部渡す、受けてくれたら土下座もするから…私と白い婚姻を結んでくれない?」
「……そう言うと思った……。それも一度考えたけど世の中にまだ未練があるから断らせてくれオーナー。」
告げた後1度瞼を閉じて開いたモイヒェルは眉を寄せ悲壮な顔で断ってくるがオーナーと告げてきた彼との関係が壊れなかった事に少し安堵も覚えた。。
(これで終わりね…。)
これで私は婚姻から逃れる手立てが全て無くなった。
いや、頷いてしまったあの時に最初から手立てなど無かったのだと、納得をさせて下を向き息を一つ吐き終わり自嘲すると顔を上げ唇に笑みを携え拳を前に突き出す。
「そう分かったわ、ギリギリまで探してくれてありがとう。」
「どういたしまして。それと婚姻祝いを持って来た。よく眠れる香だから焚いて眠れよ。花嫁が不細工なのが一番式を台無しにするぞ。」
モイヒェルは近づいてくると足元のベッドの淵に腰かけて軽く拳を合わせた後、いつも通りの含み笑いで軽口を叩いてくと手に持っていた小さな白い布を手渡して来た。
「…本当にこんな時まで失礼ね。じゃあ其処の香炉で焚いて頂戴。ベットから降りたらもう眠れなくなりそうだから。」
心が重くなり目頭が熱くなり、声が震えないようにモイヒェルに鏡台の反対側の遠くの方にある香炉を指さすと潤みかけている瞳に気付かれないようにベッドに潜り込む。
「はいはい。焚いたら手でも握ってやるか?」
「いらないわよ。」
子供をあやす様な言葉に私の最後の意地に気付かれている気がして断ると、モイヒェルは愉しそうに喉を鳴らし持ってきた白い布から香を取り出すと火を着け息を吹きかけて消し、細い煙がゆらゆらと立ち上るのを確認してから香炉に入れていた。
(不思議な香りだわ……。)
モイヒェルのその様子を見つめてしばらくすると今まで嗅いだ事のない爽やかな甘い香りが漂ってくる。
「これで明日のボイティー・レナ・エクソルツィスムスの最後は忘れられないくらい綺麗な姿で記憶に残れるな。」
サイドテーブルから離れ再びベッドの淵に腰をかけ優しげな声を掛けてくるが、先程とは違う顔に近い至近距離に座ってきたので、潤む視線を合わせたくなくて反対側を向き鏡台を眺める。
「そうね。式終了後…明後日に…は完全に…ボイティー・レ…ナ・スヘ…スティー…として生きていかな…きゃな……………
その声に言葉を返したいが急に瞼が重くなり言葉がたどたどしいものに変わると意識が深い処へ引かれ沈みかけたところで、モイヒェルが何かを呟いた後髪の先を撫でられた気がした。