(9)
ーーー
「はぁ……。」
(プトゥも戻らないし、相手も見つからない…もうどうにもならないのか?……。)
プトゥを向かわせてから日々は過ぎ薄暗い薬瓶が並ぶ部屋で不思議な花が描かれた陶器を見つめていたモイヒェルは溜息を吐くと座っていた簡易的な黒い長椅子に横たわった。
(今の状況では自分で試す事も出来ないが必要なものは作り終えて用意は終っている…連絡を待たずに…動けないしな……。)
「戻ったぞ。」
「?!どうだった?」
相手探しは相変わらずの記号ばかりで準備は出来ても動けない自分に気が滅入り、指を組んだ両手を顔の上に乗せ長椅子に寝そべっていた所に嘆願書を渡して戻って来たプトゥに急いで身体を起こし声を掛ける。
「分かった好きにしていいって。」
「っ!!そうか。」
「今から会いに行くのか?」
「ああ、もう時間が無いからな。」
内容の了承を聞き急ぎ身支度を整える為にクローゼットを開け黒の仕事着を取り出す。
「まぁ、こっちの依頼はもしかしたら相手の方が納得出来ずに断ってくるかも知れないしな。そうしたら話しが変わるだろ?どうするんだ?」
「……どうにかするさ。お前等にだって関係無い話じゃないだろう?じゃあな!」
2枚ある依頼の手紙を1枚手にして少し心配そうな顔をするプトゥに苦笑すると2日後に迫っていた婚姻式までに相手との話しを纏めなければと着替えを終えて急いで部屋から出た。
「まぁ……でも全ての条件じゃあないみたいだけどな。」
部屋に残ったプトゥが面白がりながらも少し心配そうに発した言葉は俺には届かなかった。
ーーー
(全然眠れないわ……。)
もう皆が寝静まった暗闇が空を覆う時刻に部屋のランタンの灯りを消す事なくボイティはベッドの上で天井を見つめていた。
(秘香枯も既に全部無くなっていたし…リアンったらいつ片付けていたのかしら…。)
準備が始まってからお茶の時間がままならない程に怒涛の日程が組まれ只々こなしていく日々が続き、漸く今日を終えて少し時間が出来たので庭に向かったが既に全て無くなっていた。
(はぁ……等々。)
明日を控えいつもより早く寝るようにと部屋に押し込められたが全く眠気が起こらずに嫌な事を忘れるように違う事に意識を向ければまた思い出し頭の中が休まらず、いつもよりも遅い時間まで目が冴えてしまい気が付けば婚姻式前日はもう後数分と僅かな時間になっていた。
(そういえばモイヒェルから1度も連絡が来なかったわ。何かあったのかしら……。)
ベッドの上で久々に暇を持て余していると外から月の光が差し込みあの時の光景に良く似ている室内に、婚姻の連絡をしたモイヒェルから今だに何の連絡もない事を思い出し少し気にかかった。
「今日はいつもより夜更かしか?」
「?!……モイヒェル……、遅いじゃない!」
いつの間にか来たモイヒェルに安堵を覚えながらも憎まれ口を叩きベットから半身起こして彼に向き直ればいつもと変わらない雰囲気だが、何処となく疲れきっているように見えた。
「ギリギリまで聞けるだけ声を掛けていたんだよ。まあ全滅だったがな。」
「…そう。」
声はいつもと変わら無いがその顔色に今まで無理をさせてしまったのかと思い、もう最後の相手に聞いたら婚姻からは逃げる事を諦めようと静かな気持ちで聞いた。
「あのご子息の仕事の速さには目を向くよ。」
「どういうこと?」
呆れた声で肩を竦めるモイヒェルに一瞬何故か違和感を覚えたが、ファーレが起こした可怪しな事にただモイヒェルが中てられただけなのかもしれないと話しの続きを促す。
「ビッダウ国外の貴族に声を掛けている筈なのにお前の名前を出すとスヘスティー公将家を敵に回す気は無いから聞かなかった事にすると誰も彼も泣く泣く断ってくる。余りの手の回し様に感心しか湧かなかったな。」
「そう…なの…。」
冷静に聞き頷いたが諸外国の貴族に外交に回ることのない私の名前が知られているあり得ない現象に、最初からこの婚姻から逃れる事は無理だったのだと言われている様で心が冷えていくのが分かるが、それでも望みをかけ最後の一人にベッドの上から真剣な視線を向ける。