(8)
あの夜の後直ぐに東、西、南、北、各大陸に人を向かわせ地位はあっても懐の内情が苦しい家に声を掛けて貰っていた。
最初は乗り気で話しを聞いていても探している娘の国名を伝えただけでその後沈んだ面持ちになり、ボイティの名を相手の口から問われた後、首を横に振られると毎日数十通同じような内容が伝書で届き報告を読むのも気が滅入り是非を記号だけに変えていた。
(それだけスヘスティー公将家がってことか……然し、アイツ全大陸で有名になってるな……。)
ーーパタッパタッ
ボイティに渡した伝書バトが目の前を横切り手の平を上に向けると“ちょこん”とくりくりした瞳を向けて上に乗って来た。
(……緊急か?)
ついこの間婚姻の日程を書いた紙を括り付けてやって来たこいつに訝しげな視線を向けるが、只々黒目がちな瞳で見続けてくるバトに毒気が抜かれ足に括り付けてある金属を外し中にある紙を引き抜き短い文を読む。
「何だこれ!もう日が無いじゃないか?!」
手紙に書かれていた内容に驚愕し焦りが口から漏れた。
「どうするんだこれ?」
気配も無く隣に来ていた小さい頃から知るプトゥは黒装束を纏い横から手紙を覗くと苦笑し、銀の様な白の様な降り積もった新雪によく似た色合いの短髪を揺らす。
「…クソッ!!…予定変更だ。お前これ持って1度国に戻ってくれ。」
薬瓶が並ぶ簡素な机の引き出しから急いで最後の手段にと用意していた王への嘆願書を書いた便箋を取り出しプトゥに渡した。
(確実にこれで助けられるが…アイツが望む両親の様な生活は望めないな……。)
只々互いを尊重し自由だけを求める夢みたいな婚約を手に入れたアイツに牢獄に入るような婚姻を結ばせて良いのか悩んでいたが、届いた変更の日付に、もうそんな悠長な事を言ってはいられないと縋らわざるを得ない状況に気分は落ち込んだ。
「他の奴らには撤収で声を掛けるか?」
プトゥは渡された嘆願書を扇の様に振り面倒臭そうな表情で今回出した指示をどうするのか聞いてきた。
「いや、そのままギリギリまで声を掛け続けで貰う。但し日程が変わった事だけ急いで連絡を入れてくれ。」
「はいはい、分かった分かった。」
「あぁ!!!!もうここまできて本っ当に!!」
何処か呆れたような声を出すプトゥに気を使われている事がわかるが、こんなもう間近で終わる筈の任務が最後に全てをひっくり返されると思っていなかった俺はやり場のない怒りを声に出し頭を掻き毟る。
「それと、急ぎで2つ別の依頼が届いてるけど……どうする?」
そんな俺に意地の悪そうな笑みを浮かべたプトゥは目の前に、黒の便箋を2枚差し出してきた。
「あっ?こんな時にどうするってなんだよ!取敢えず見せろ!!…………。」
「で?どうする?」
依頼を確認すると其処に書かれていた内容に固まった。そんな俺を意地の悪い顔をしながら眺めながらプトゥは分かりきった答えを待っていた。
「………プトゥお前性格悪いな。今それを書き直すから少し待ってろ。」
「はいはい。」
(これならまだあいつの希望を叶える事が出来るかも知れない。)
「出来た。今渡すからあと少し待ってくれ。」
(何か変な視線が…何だコイツの顔!)
「どうした?」
「さっさと持って行ってさっさと戻って来い!!」
急いで書き直した内容の手紙を便箋に入れていると集中していて気が付かなかったニヤけながら見ていたプトゥの視線に気が付き投げつける様に渡した。
ーーー
次の日には父は屋敷の家令達を集め昨日の歓談の内容を伝えると直ぐに準備に掛かるように告げたようで、其々が準備に取り掛かり我が家は慌ただしくなった。
(憂鬱だわ……。)
贈られた品と花嫁衣裳を全て別の部屋に移動して準備が出来たら呼びに来るから部屋にいるようにと凄い剣幕の侍女達に頷き現在待っている所だった。
”カン!カン!”
「…はい。」
「お嬢様ご準備できましたのでフィッティングルームにお越しください。」
「…。」
入ってきたアンキラの気合の入った表情に、これから数日間は衣装に合わせて様々な装飾品と、髪型、化粧を試す作業が始まるのかとオクラドヴァニアとの婚姻式の為に用意された花嫁衣装が届いた時に永遠と続いた日々を思い出し既に疲れを感じた。
(アミもパメラもメイトもカメラも大変そうだし、私も嫌だからと言ってはいられないわよね…。)
スヘスティー公将家からの婚姻式の案内に花嫁の名が私になっていた事で驚いた4人から手紙が届き、準備に日がない事で新しいドレスの準備が出来ない事や、侍女達が張り切り出している事が書かれ、他の将家も似たような状態なのだと申し訳ない気持ちにもなりつつ、同じく耐えている友人達もいるのだからと重い腰を持ち上げ椅子から立ち上がる。