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「お嬢様昨日の件で旦那様がお呼びでございます。」
「…そう…分かったわ。」
話し合いの翌日、お昼を過ぎ庭園でお茶をしているとヴァルターが呼びに来たが態々“昨日の件”を付けた事に予想が付き力なく了承を伝え重い足を引き摺るように執務室へと向かった。
「スヘスティー公将家から正式な婚姻の申し込みが届いた。」
「……はい。」
「それでだが…申し込み以外にもこちらが同封されていた。」
やはり予想通りの件に落胆が隠せずため息混じりに返事をすると、父は困った様な顔で書面を2枚取り出しデーブルに乗せた。
(時間が無いのは分かっていたけれど、流石にもう少し後だと思っていたわね…。日程を延長は…は〜ぁ。)
1枚は婚姻の申し込みに付いて書かれ、もう1枚には婚姻式の予定が立てられた書面で、その日程は一月後のオクラドヴァニアへ嫁ぐ筈の日だった。
「こちらはまだ決定では無い。日を延ばす事も可能だ。ボイティよどうしたいか意見を聞かせてもらえるか?」
指を組んだ手を顎につけ困った顔のままの父に尋ねられたが答えはもう決まっていた。
「…先延ばしにしても結果は変わらないでしょうから、元から嫁ぐ予定だったその日程で構いません。」
延長を考え脳裏に浮かんだ顔に諦め、既に決まっていた日程に相手がただ変わるだけだと、表面上拒否する事無く父に承諾を伝える。
「そうか、分かった。スヘスティー公将家にはそう伝えておこう……。ボイティ……本当にすまない。」
そう最後に辛そうに呟いた一言に父の後悔が詰まっているのが分かったが、この婚姻から逃れようとまだ足掻いてる自分が、その言葉に何と返したら良いか分からずにただ困り、黙って眉を下げて微笑み執務室を後にした。
(本当婚姻が決まってしまったわね。…お兄様は私が何かしようとしている事は気が付いていたようだけれど、邪魔をする気はなさそうだったわ……。)
婚姻の正式な決定に意気消沈してしまい部屋に戻ろうと屋敷の通路を歩いている途中、ふと窓から覗く屋敷前に伸びている馬車道が見え、今朝早くに見送った兄のことを思い出す。
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『お前本当に色々と下手くそだな。ただ、スヘスティー公将家との縁が出来た事とヴィルカーチ侯将家に恩を売れた事は素晴らしい働きだったと思う。妹よ偉い。』
『………お兄様私今頭が痛くなってきました。そしてお兄様の事が嫌いです。』
父と母と数名の家令達で兄を見送る為に玄関口に並ぶと相変わらず表面上人の良さそうな笑顔で兄が近づき力一杯抱きしめ褒めてくる内容は自分の行動により大変有り難くない状況に追い詰められている深い傷へ塩を塗り付けてくるようなものだった。
『はいはい、分かった分かった!【それと、次に何かするのならもう少しまともに考えろよ。昨日の夜お前の部屋から出ていった誰かにもそう伝えておけ。】』
『………はい。』
小声でモイヒェルの事を呟かれ相変わらずの恐ろしい慧眼に言い訳しても無駄な事にただ黙って了承を伝えると不意に次は大きな手でグリグリと頭を撫で始めた。
『はぁ〜。これからお前の軽口が聞けなくなるかと思うと少し寂しいがな…。』
兄の乱雑すぎるそれに文句を告げようと手を払い顔を上げて見遣れば、幼い時に一度だけ見た眉を下げた懐かしい表情に、もう2度と会えない想像をしているのが分かり、何処まで知っているのかと只々恐ろしくなった。
(他国に嫁ごうとしていることも知っている…の?でも、白い物だもの偶には帰って来るわよ…。)
『【まだ……分かりませんわ。】』
大きな声で文句は付けられず、小さな声で不満気に呟けば『馬鹿だな…。』と言いつつ今度は2度程頭を優しく叩かれ表情は何時もの食えない笑顔に戻っていた。
『では、父上、母上、今度は妹の婚姻式の日に戻ります。』
『ああ、分かった決まり次第連絡を入れよう。道中気を付けてな。』
『怪我には気をつけて帰りなさい。母も後で参りますからね。』
『はい、父上、母上、ありがとうございます。母上に指摘されない程度にはアイチーと努めておきます。じゃあな愚妹!本当困ったら助けてやるよ。今回の働きに免じてタダでな〜。』
「はい鬼ぃ様その時は宜しくお願いします。さよ〜なら〜。」
早く領地で待つ義姉に会いたいからと馬車を置き去りにし颯爽と1人馬で駆けていく兄の背に力なく手を振り見送った。
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(………相変わらずの守銭奴ぶりだし!何でも見通されているし、一生勝てる気がしないわ……、でも嫌いなんて言い過ぎたかしらね?)
身内にも色々と容赦の無い兄だとしても、本気で困った時に頼れば何としても助けようとしてくれる心強い一面もあり本当の意味で嫌いにはならなかった。
(色々あり過ぎて頭が重いわね……今日は何も予定が無いし久々に外に出ようかしら?)
部屋迄もう少しの所で昨日からの慌ただしい現実の移り変わりに疲れ、珍しい植物を物色しに街へ出かけようかと今日居たお付の侍女を思い浮かべた。
「リアン…は今日はお休みだし、ラヴーシュカは辞めてしまったし…今日はアンキラ、ストメート、カマリエ、ディーンス……無理だわ。」
が、街に行きたいと言って付いて来てくれそうにない顔ぶれに諦め、緑豊かな大きな庭の散策に出かける事にした。
此処に書くものか分からないのですが、評価を頂き誠にありがとうございます。
楽しんで頂けていると知れてとても嬉しかったです!