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されるがままの私を力強く抱きしめ続けるファーレに父が呼び掛けた。
「ファーレ・テン・スヘスティー様少し……お待ち下さい。今一娘が貴方様に好意を寄せているようには見えないのです。ボイティお前は何処を好きになったんだ?」
私に心配そうな視線を向けてくる既に事情を察してる父と母に全てを話してしまいたくなるが、そんな事をしても状況が次から次へと悪くなり縺れ過ぎた糸は解かれる事なく一瞬でファーレが切り捨てて終わらせてくるだけだと言葉を飲み込み、重たい頭のまま父の方を向き一度も考えた事もない答えを出すために鈍い頭を働かせる。
(……好きな所?好きな所?好きな所?いや唯一の長所と考えれば……そんなの……)
全く見当たらず困惑してしまうが考え方を変えれば1つだけ思い当たる所を見つけたが果たしてこれで良いのかと悩みながらも口開く。
(それは………
「それは………顔です。」
父に向けて言い切ると何とも言い難い顔になり隣の母は何故か顔色を失くしていた。
「……そうか。分かった。」
「ん゛!!」
父は力なく呟くと何故か今にも泣き出してしまいそうな表情に変わり、その表情を不思議に思ったが後ろからファーレに勢いよく抱き締められ気を抜いていた身体は擽たさを感じ急いで口元を手で押さえる。
「僕はボイティの全てを愛しているよ。」
「っッ!」
後ろから抱きしめ耳元で囁くように告げるとそのまま唇を落とされ擽ったい感覚もだが、その行動の気持ち悪さに全身に鳥肌が立ち口から声が漏れる。
「では今回の件はお互いに非があったとしてオクラドヴァニアの件は不問とする。」
疲れた声の父の言葉にオクラドヴァニアとラヴーシュカに処分が下される事は無く結果として成功したが理由に失敗して終わった茶番は幕を閉じた。
「それとスヘスティー公将家からの婚姻の申し込みについては家長からの正式な書面が届いてからもう一度話し合いの場を設けてお返事いたします。」
「本日戻り次第父に伝えておきます。」
「……ええ、お願い致します。」
父が今この場での婚姻の申し込みについては保留にしてくれたようだがファーの嬉し気な声音からは明日、明後日中には届くと予想できた。
(本当にもう……。)
これで全て終わったと緊張が切れかけると今回の件で自分自身とファーレへの言いようのない怒りに腹立たしさと苛立ちが湧き上がり収まらない熱が目頭に集中するを感じ、隣で腰を抱くファーレから早く遠ざかり落ち着きたいと置かれた手を外すために手を重ね力を込めるが一切外れる気配が無い上に更に力を込められて余計に逃げる事が出来ず感情がかき乱されるが此処で泣くものかと藻掻き続ける。
(あああ!もう!こんな嘘付くんじゃなかったーーーー!!!!)
心の中で声に出すことが出来ない叫びを大声で張り上げるとファーレに伝わったのか顎を指先でなぞられ顔を自分の方に向けさせた後蕩けきった顔が近づき口を耳元に寄せて囁いてきた。
「【?!何でそれを………あり得ない…。】」
ファーレからその言葉を聞くや否や驚きにより目が見開き口から小さく声が漏れると彼の足を踵で思いっきり踏みつけるがカンッ!と言う高い金属音に靴には鉄板が仕込まれ自分の渾身が阻まれたのが分かる。
(一切やり返すことが出来ないなんて!!本当に!!もう!!何なのよ!!)
その行動が自分の想定通りだったのかファーレが愉しげに喉を鳴らして笑いだすと更に力を込められ、抱きしるような態勢にかわり整った睫毛の本数が分かるほど顔が至近距離に近づいた。
「驚いてくれると思った……その顔が見れて嬉しいよ。」
「ふっ…ふ……。」
(……ふざけるなぁーー!!!絶っっっっ対婚姻なんてしないわよ!!!!)
その耳元で囁かれる言葉にも整い過ぎている顔にも用意周到過ぎる茶番劇にも益々腹が立ち目頭に集中した熱は冷め、婚姻式を迎える日までには何とか逃げて出してやると心に決めると怒りに震える両手で相手の身体を精一杯押し返す。
(…頼るなら……あの国か。)
冷えた瞳に怒りを宿し眺めている人物がいる事に誰も気づきはしなかった。