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「私の頃とは変わっているかも知れないが学院は様々な事が学べる素晴らしい場所だ。きっと君も通う内に楽しくなるだろう。」
(婚約者と決まってからもう何年かしら?毎週欠かさずにお茶会の日に来るけれどこんなニコリともしない婚約者に良い加減嫌気を感じないのかしらね?)
正式に婚約が決まってから実行に移して3年が過ぎていたが未だ特に憤る様子も不満を伝えてくる気配もなく、話しをするのは得意では無いようだが、毎週淡々とどんな日々を過ごしたか語る相手との婚約は解消されずに等々学院に入学する年齢になっていた。
「………。」
(話しは終わったのかしら?後は何時ものように庭を眺める時間ね。)
今日は相手が通っていた頃の学院での思い出を語っていたようだが話しは終わったのか、向かい側に座る婚約者はその後いつものように黙ったままお茶を飲んでいた。
(あぁ、今日も駄目だったわ…やはりはっきり!!……伝えられたらこんなにも長い間苦労してないわよね。まぁ…、社交界のお披露目には出てはいないのだから誰も婚約の事は知りようが無いもの、学院に入学してからでも遅くは無いわよね…。)
ーーカンッ!カンッ!
入学祝いにと婚約者から贈られた花束と学院で必要になるだろうからと数冊真新しい紙が何十枚も纏められた冊子を眺め、自分の予想よりも続いている優しい相手との婚約期間に脱力を感じつつ、話しに出ていた学院と言う初めて人が多い場所に足を踏み入れる事への緊張と高揚を感じ何とも言えない感覚に包まれていると部屋の扉を叩く音がした。
「お嬢様、お茶をお持ちしました。」
入って来たのはお茶のセットをカートに乗せて持って来た侍女のリアンだった。
「リアン…、この香りまたあのお茶かしら?」
「ええ、そんなお顔の時にこそ必要な茶葉でお淹れしております。」
嫌だと、暗に伝わる表情になっただけだがこの長年仕えてくれている侍女には伝わらないらしい。
「…これは、余り好みの味じゃないのよね。」
「可怪しいですね?これはお嬢様が良く飲まれるお茶と似たようなベースで配合しているのですが…?」
本当に不可解そうな顔でリアンは深緑の瞳で茶葉を見つめていたが沈んだ気分になった時にいつも出されるこのお茶は余り好みのものでは無かった。
「あ!もしかしたら、嫌な記憶とこのお茶が結び付いてしまったのかもしれませんね。今後は少し茶葉の配合を変えてお出し致しますね。」
「記憶と結び付いた?」
「はい、何か一定の良くない時に出されるものとして記憶され、本来の味が分からなくなっているのかもしれません。安らぎを与える効能から毎回お出ししておりましたが配慮が足りませんでした。」
リアンは眉を下げ申し訳なさそうな顔になったが記憶によって味が変わるという不思議な事象が起こり得るのかと疑問に感じてしまった。
「そう、なのかしら?そんな事があるのかしらね。」
「お嬢様が憂いている心配事が解決しましたら、このお茶本来の味が分かるかと思いますよ。」
「そう……それなら」
(一生、分からないかも知れないわね。)
解決するには婚約の解消しか無いがもしかしたらこのまま婚姻を結ぶのでは無いかと何故か偶に頭を過ぎる考えにハッとした。
「お嬢様?」
「何でも無いわ。リアン茶葉の配合はこのままで構わないわ、何時か本来の味が分かるのかも知れないのでしょう?」
「ふふ、お嬢様がそう仰るのならこのままに致します。では失礼致します。」
リアンは苦笑しながら薄い桃色の髪を纏めた頭を下げると部屋から出ていった。
「安らぐって思考が落ち着くって事よね…、なら効能事態は合っているのだもの、解決したらこのお茶はどんな味がするのかしらね。」
婚姻の文字が頭を過ぎるのは何時もこのお茶を飲んだ時だと気が付き、効能により何処か冷静になった思考が着実に進んでいる道を目の前に映してくるなら、今は夢みたいな道に進めた時にはリアンが言った通り違う味がするのかもしれないと苦味を感じ飲んだ後に口の中が冷えるような気がする目の前のお茶を今日は願掛けのような気持ちで飲み干した。
ーーー
(緊張したわ…。)
その数日後学院への入学日を迎え広い広間に集まった保護者達と学院の全生徒の前で新入生達が1人づつ広間挨拶を行い、登校後に1度全員が集まる講堂に移動してからカリキュラムの説明が終わった。
(皆お披露目は終わっているからもう仲がいい人達で集まっているし…どんな話題で話し掛けて良いのかわからないわね…。)
新入学生達は懇親会の為に別の会場に移動すると説明され案内をする教師の後に付いて行くが、お茶会以外では関わることが無い将家の人達とどんな会話をしたら良いのか分からず困惑し始める。
(最悪別室の椅子に座り続けるか、壁際に寄っていれば終わるもの、始まったら急いで向かえばいいわよね。)
「こちらのお部屋です。皆様中に入りましたら奥の方までお進み下さい。」
(……凄い…。)
案内された部屋の壁は温かみのある茶色の銅黄琥珀造られ弦のような模様が刻まれていて、下に引かれた赤い絨毯はソン鷄の毛皮で作られているのだろうとても柔らかく歩み進めると足元がふかふかして心地よかった。
「入学される皆様が学びのあるより良い学院生活を過ごせる事を祈っております。乾杯!!」
「「「「「乾杯!」」」」」
そう優しく語りかけるような学院長が短い挨拶を述べた後グラスを上げたのを見て、同じ様にグラスを前に出し始まりの挨拶を終えると急いで此処から離れるために用意された別室に向かおうとしたが、何故か同級生達に囲まれ婚約者の質問で話題は埋め尽くされた。
「エクソルツィスムス子将家って、貴方があのヴィルカーチ侯将家ご子息の婚約者?」
「どうしてあの方と婚約することになったの?」
「それは…その…、」
(え?な……何故知られているの?!!!。)
婚約している事は既に知られており、周りを囲われている手遅れな状況に、自分の考えの甘さを後悔しながら引き攣る笑顔を作り婚約者の質問に対応する事になった思いも寄らない懇親会から学院生活は始まった。
(今日も……疲れたわ…。)
「お嬢様。お茶をお持ち致しました。それと、ヴィルカーチ侯将家家長ご夫人から今年もお誕生日の贈り物が届いております。」
「……味が変わる気が全くしないわ。」
「何のお話しですか?」
「何でも無いわ。」
「そんなことよりも、同級生の方からご招待の案内が今まで1通も届いていないと旦那様と奥様が嘆いておりましたよ?」
「アンキラ…、皆様オクラドヴァニア様の話しが聞きたいようなの。余り失礼があってはいけないからお断りしていると次嘆いていたら伝えて頂戴。」
「……もう学院に通って何年経ったかご存じですか?」
「…………。」
(私だってこんな筈ではなかったわよ!!)
その後も当たり前の様に婚約は解消されず学年が上がる度に刻々と近づいてくる相手と結ぶ婚姻式への焦りは積もり続け、婚約者との話しを聞きたがる同級生とは挨拶を交わす程度の希薄な関係しか築けないつまらない日々を過ごしていたが、突然全てが劇的に変化する出来事が起こった。