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ファーレが徐ろにオクラドヴァニアに話し掛けるとその雰囲気は一変される。
(ファーレが居るのをすっかり忘れていたわ……。)
「ヴィルカーチ侯将家子息に伝わっていないようですのでお伝えさせて頂きますが、これは今後のスヘスティー公将家との付き合いを含めてお渡しする物です。ボイティは貴殿を守る為に私との身分を考えて今日まで何も言わなかった胸中に閉まっていた想いを話し助けようとした、その関係を断ち切るような真似を僕したくはないが、どうしても受け入れられないとのお話しであれば侯爵家の不祥事が我が国…いや、各諸国にも知れ渡るかもしれない。しかしそれは本意ではない筈だ、せめてもの感謝と詫びそして今後もより良い関係を築いていく友として受け取ってくれないだろうか?」
「……。」
(……さっきから、一体何なのよ!!)
ファーレの言葉によって、私から視線を外したオクラドヴァニアは怯えの色を滲ませた瞳をファーレに向けると、ただ黙って二人は見つめ合い、その様子を我が家の家族はただ黙って見守っているが皆一様に答えは決まっている事を理解していた。
「……………。」
そしてオクラドヴァニアは瞳をきつく閉じると何かを諦めたようなそれでいて別の決意を秘めた顔になり真っ直ぐファーレに視線を向けた。
「……そういうことでしたら分かりました。ボイティ…彼女の力になれる時には生涯助力を惜しまないことをここに誓わせてもらう。」
「……。ああ、そうして貰えると嬉しいよ。」
(ええ、そうなるわよね。それにしても一体何がどうなったの!?オクラドヴァニアとラヴーシュカは助けられたから良いけど……状況が思いっきり悪くなっているのよね?)
何やら含みのある会話が繰り広げられているようだがそれどころで無い状況に頭が混乱してまともに2人の会話を聞くことは無く状況がどんどん進んでいく。
「ボイティもそれで良いのか?」
「?!」
ファーレとオクラドヴァニア2人のやり取りを黙って聞いていた顔色の悪い父に確認を取られ我に返るとこの状況を打破するために何か無いか頭を働かせ始める。
「…………。」
(いや絶対に、良くない!良くない!良くない!良くない!何か何か何か……!!)
急いで頭を働かせていると状況を打破できる大事なことを見逃していることに気づき口に笑みを張り付けるとファーレに冷たい視線を向けた。
「ファーレが婚姻まで考えてくれていたなんて驚いたけれど、貴方の婚約者である光家のパフィーレンお姫様はどうなさるの?」
(何故今まで忘れていたのかしら▓▓▓▓の婚約者はあの光家のお姫様だったわ、別の将家の娘と婚姻を結びたいからと簡単に解消出来る相手ではないわ。)
周りの空気が変わりファーレに視線が集まるのが分かり冷めた瞳で勝ち誇る。
(もしここで側室としてとでも言いようものなら例え家格が上でもお父様も現在ヴィルカーチ侯将家に向けて算盤を弾いているお兄様も黙ってはいない筈だし、最終的にはお母様が出てきてくれるはずよ。)
これで申し込みを撤回出来ると安心したが、ファーレは驚いたように目を見開き何かに納得して頷くと、こちらとしてはありがたくないことを教えてくれた。
「ボイティ、僕が君を不安にさせていた原因を忘れていたよ。あれはパフィーレン姫がふざけて言ってしまったのが何故か広まっただけで、僕には婚約者と呼ぶべき相手はあの時も今もいない。もし疑うなら僕にしているように直接光家に確かめて貰って構わないよ。」
(他の将家に聞きに行くならまだしも、光家に直接話しを聞きに行くなんて…、手紙だとしてもそんな真実でも嘘でも失礼極まりない内容を送れる筈もないと分かって……。)
真実でも何故そんなに話が出回っているのかとその場にいた者の中から犯人探しが始まり、嘘だったとしたらお姫様に非礼を働き、尚且つ婚約者を略奪したと糾弾されかねない、どちらにしても家長としての責任を問われ父が頭を低く下げる状況になるだろうが、その前に兄が何としても阻止するのだろう。
「そう、なら……」