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流石その道の人だと感心する暇もなく再度ベッドにうつ伏せになっていた無防備な脇腹をスゥーっと撫でられると首から背が仰け反り我慢できなかった声が口から洩れた。
「ッん!」
「………。」
「……モイヒェル……何してるの?」
「いや…ごめ…ん想像と違った。」
耳は赤らめ顔は青ざめている器用なモイヒェルを睨みつけると、ベッドの上に立ち上がり少し視線が低くなった彼の胸倉を掴み見下げたまま口元に笑みを張り付けた。
「そう……どんな想像をしていたかは知らないけれど、一発良いかしら?勿論逃げないわよね?」
「……はい。」
想像と違う等こちらは知ったことではない、お巫山戯が過ぎるモイヒェルの目の前に手刀を作り持ち上げ目を細めニッコリ微笑んでみせると、有無を言わせない私の態度にモイヒェルは諦め目を閉じ顔に力を込めるのを確認して手刀を握り拳に変え鳩尾に一発捻り込む。
”ゴッ!!!”
「おま…これ…ち…が…」
「一発でしょ。」
(ったぁい……やっぱり足にするば良かったわ……。)
殴られた箇所を抑え床に膝を付き異を唱えているが、私にとってはそれだけの事をしたのだと父直伝の一発を食らわせるが、殴った後に自分の手も赤く染まり痛みだし、手ではなくもう一つ教わった足技でいけば良かったとベッドの淵に座り直し少し後悔した。
「……取り敢えず何も無くても俺が婚姻を申し込みに来てやるから修道院と、尼寺は考えるな。」
まだ自分の手がジンジンしている中モイヒェルは流石に回復が早く、折り畳んでいた身体を持ち上げると何故かあんなに酷い条件を付けた私との婚姻を無条件で結ぶと真剣な表情で言い出した。
「……モイヒェル?どうしてもって言うなら今まで稼いだお金全部寄越して土下座して頼んだら考えてあげるわ。」
冗談にしても全く笑えない話しに、言われて腹が立った言葉をベッドの淵で足を組み膝に両手を乗せるとそっくりそのまま小馬鹿にするような笑顔で返した。
「……少し考えさせてくれ。」
「……少しも何も考え無くて良いわよ。相手が話しを合わせてくれずに屋敷から逃げ出せ無かったら修道院か尼寺なだけで、モイヒェルなら私を何とかして逃がしてくれるでしょ?」
土下座は良いとして金はなぁ…と小声で真剣に考え始めたモイヒェルに呆れてしまい、組んでいた足を解くと呼んだ理由を伝え彼の目の前に殴らなかった方の手を握り差し出す。
「お前……それを先に言えよ…。そっちの方が得意だ、任せろオーナー。」
そう言うとモイヒェルも握り拳を作り“コツン”と優しく合わせてくれた。
「先にって、手紙に書いたじゃない?じゃあ準備宜しくね。」
ああ、そういえばと頭を掻き始めたモイヒェルに肩を竦めてみせるとベッドの上から降りる。
「ボイティ………もし本当にどうしようもなくなったら頼れよ。俺に怖いものは無いからな。」
「?ありがとう。じゃあほぼ話しを合わせてくれるのは無理だと思うからあの2人も助け出して一緒に逃げたいと思っていたのよ。協力して頂戴ね。」
「……。」
家令が呼びにくるまで私室で待機しようと寝室の扉に手をかければモイヒェルに声を掛けられ、その表情は何か迷っているものを断ち切ろうとしているような複雑なもので、その表情に含まれているものが分からず一瞬悩んだが、言葉だけは揺るぎないものを感じて今1番何とかしたいと思っている案件の協力を頼むと、口に合わないものを食べた様な何とも言い難い顔になったのを見届け手を振り寝室から出た。
”カツ!カツ!”
数時間後部屋の扉をノックする音が響いた。
「お嬢様宜しいですか。」
「どうぞ。」
ヴァルターに声を掛けられ入室の許可を出すと扉を開け恭しく礼を取りながら入ってきた。
「スヘスティー公将家ご子息ファーレ・テン・スヘスティー様が到着なさいましたのでお呼びに参りました。皆様既に応接室に集まってお出でです。」
「わかりました。」
座っていた椅子から立ち上がると口元に笑みを携え部屋から出て応接室に向かって歩いて行く。
もう既に私以外は応接室に集まっているのは父が裏で話しを合わせない様に警戒しての事だろうが、元々人の話を聞かない相手に端からその考えは捨てていた。そんな事よりあの若い家令が何と伝えて連れ出してきたのか知らないが、スヘスティー公将家がファーレを寄越したということは、きっと何か大きな話しを伝えたのだろうと考えるだけで胃が痛みだしてくる。
(やっぱり逃げ出していれば良かったわね…。)
どう転ぶか分からない話し合いの場へと向かう足取りは表情に作った明るく軽い物では無く、まるで足枷でも嵌められているのかと思う程重くその歩みは遅いものだった。
「ファーレ・テン・スヘスティー様急な呼び出しに応じて下さり感謝する。」