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「お前潔癖なのか?」
「そう言えなくも無いけれどそう言う訳でもないというか……。」
モイヒェルは不可解そうな顔で理由を尋ねてくるが誰にも話した事が無い事情に言い淀んでしまう。
「何だよ。今更隠し事か?」
「………モイヒェルの方が隠し事は多いと思うけど?」
そんな私の態度に少し不機嫌そうな顔で非難めいた言葉を掛けてくる姿に言い返す。
「お前に隠し事?何か俺に聞いてきた事あったか?」
「それは……無いけれど……でも職業柄色々あるでしょ?」
私の言葉に何か考えるように頭を捻ると聞かれたことを考えていたらしいが思い至らなかったようだ。
私も考えたが彼自身について何か聞いた事は無かったなと思い直しかけたが、私より聞かれて困ることが多い職業だった事を思い出し話題に持ち上げると、彼が折れてこの話しは終らせられるだろうと安堵した。
「ああ。そういう事か、何が知りたい?」
「……はぇ?」
納得はしたようだがこのまま話しを終わらせる気は無いらしく、知りたい事を聞かれ予想と違う答えに間の抜けた声が出るがモイヒェルは笑うことなくその瞳は真剣だった。
「俺は今知りたいから聞いている。お前も何かあるなら答えるから聞けよ。」
「………。そう言われても聞きたい事は特に何もないわね、それより何でそんなに知りたいのよ?」
彼に聞きたい事など何もなかったが、寧ろなぜそんなに知りたいのかが気になってしまう。
「じゃあ隠し事が多い訳じゃなくてお前が俺に興味が無いだけだろう?俺は今お前のその話しに興味があるから知りたいんだ。」
「……。」
「どんな理由でもちゃんと聞いてやるし、誰にも言ったりしない。俺が信じられないか?」
(何て狡い聞き方なの……!)
モイヒェルの的を射たその言葉に返す言葉を失ってしまうが、その後に続く信じられないのかという問いかけに散々今回疑った事への罪悪感が芽生え、伝えてもモイヒェルなら誰にも言うことは無いだろうし、言った所で困る事態に陥るのは彼だろうと意を決して誰にも伝えた事が無かった秘密を伝えることにした。
「そこまで言うなら………分かったわ、一回しか言わないからね!…………のょ。」
「……………悪い聞き取れなかった。もう一度いいか?」
誰にも話した事が無い話しをするのは思いの外緊張するもので、声が途中からいきなり音になる事なく息に変わり聞き取れなかっただろうモイヒェルは私を責めることなくもう一度聞き返してきた。
「触られと……ったくて……でるのょ。」
「えぇ…と耳がまた上手く聞き取れなかった…。もう一度だけいいか?」
顔に熱が集まるのを感じつつも再度話すと先程より声が出たが所々やはり音にならなかったのかモイヒェルは困った顔でもう一度聞き返してきた。
「この話しをするのはもう嫌!!次で最後よ!!」
「あぁ…分かったから。」
意を決して瞼を閉じ下を向くともう一度だけだと自分に言い聞かせ同じ言葉を告げる。
「触られると擽ったくて変な声が出るのよ!」
「……。」
自分が思っていたよりも随分と大きな声が出て驚いたが何も言ってこないモイヒェルにこれ以上何も質問されたくなくてそのままの勢いで経緯まで話し始めた。
「5歳の頃全身犬に舐められた時に……初めてだったのよあんな声が出るなんて。そこからもう何年も特訓を重ねて何とか何とか本当に短い時間なら我慢出来るようになったんだけど、長時間や急に触られるのは無理なのよ!それに身構えるせいか少し気分も悪くなって身体が痒くなってくるの!」
「………。」
「何よ!その呆れたような顔は!!」
始めて人に話した内容に反応が気になり瞼を開きモイヒェルを見ると何やら生暖かい目で見つめられていた。
「いやしてない。それでなぜ婚姻前に逃げようと?それにオクラドヴァニアのように白いものにしなくても気にしないやつは世の中にいるだろうしそいつと婚姻を結べば良いだろう?」
生暖かい目を真剣な表情に戻すがそんなことでと思っているのが見て取れて腹が立った。
この社会何があっても取り乱さずが信条に上げられ、あんな姿を見られたら色々と破滅しかねない私には人生を左右する程の死活問題でしかないがこの思いは通じないらしい。
「聞きたかった話しは終わった筈よ。良い加減にして。」
「……話しを聞いたら余計に気になった。」
「……………。」
「なあ、何でだよ?」
そのことを理解できないモイヒェルから次の質問をされたがこれ以上話す気にならず冷たくあしらうが、気にする様子も無く金緑の瞳を真っ直ぐ向けたまま促され、諦める気が無さそうな気配に話しを続ける。
「分かったわよ。モイヒェルの周りではそうかもしれないけれど私の周りは気にする方々ばかりなのよ。だから婚姻する気は無かったけれど婚約者候補として様々な方と会った中で唯一オクラドヴァニア様には触れられても擽ったく感じることが無く、怯えることも気分も悪くなる事もなく共に過ごせて感動したのよ。それでこの人しかいないのかもしれないと思っていたら、つい声に出してしまっていたらしく婚約が決まってしまったの。ただオクラドヴァニア様にだって今は良くても長い婚姻生活じゃ反応を示すようになるかもかもしれないじゃない?だから式を挙げた後は逃げようとしたのよ。」
「へぇ~、それで?長い婚姻生活の筈なのに何故式直後に逃げ出す必要が?何が心配なんだ?」
私の言葉に不機嫌そうになったがこの答えでは満足しないらしく、そんな細かい部分まで聞いてくるのかと頭を抱えたくなったがここまで来たらもう何でも良いと少し恥ずかしい内容を口にする。
「……だから……その……閨となるとわからないじゃない?
だからそういう行為をしなければならない状況は絶対に避けたくて、婚姻と同時に何処かに逃げたいなと思って計画を立てていたら貴方と出会って逃亡資金と慰謝料を手に入れて……そうしたらオクラドヴァニアとラヴーシュカがそういう仲になってくれて、それを知って白い婚姻なら逃げる事も無いわよね幸せ!だったから……修道院か尼寺ね。」
「なんでだよ!」
当時の心配事で悩んでいた日々が蘇り自分でも答えにならない良く分からない事を口にし始めていたが、やはり万が一嫁げと言われる我が家より、間違いなく婚姻する必要が無い場所の方が安心だなと自分の中で出た結論を口にするとモイヒェルから鋭い反論が返ってきた。
「あのね、これでも一応将家の娘なのよ。あんな姿見せたらどんな噂が立つか考えるだけでも恐ろしい。」
「あのな、変な声なんて皆出るだよ。お前が気にしすぎだ。」
「気にし過ぎて何が悪いのよ!何も知らないくせに!」
反論されたが全くこちらの事情など気にする必要がない人間に本気で悩んでいる人間の何が分かるのかと感情が破裂しモイヒェルに向かって勢いのまま言い返すと音もなく近づいていたのかモイヒェルは目の前にいた。
「じゃあ、教えろよ。」