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モイヒェルのその一言に怒りで心は急激に冷めたものになる。
「………今余裕ないから笑えない冗談はやめてくれる?」
自分が思うより地を這うような低い声がでるとモイヒェル睨みつけた。
「それ以外考えられなかったからさ。」
モイヒェルは気にする様子もなくこちらを見て含み笑いを浮かべる姿に疑われた事への意趣返しだと悟ったが今は笑って返せるだけの余裕はなかった。
「……。」
モイヒェルの誂う視線を無視して再び考え込むと予想外な答えに辿り着きあり得ないと思いつつも一応本人に確認してみた。
「……モイヒェルもしかして貴方……私に惚れて婚姻を結びたいと…」
「それこそ笑えない冗談だ。どうしてもって言うなら稼いだ金全部寄越して土下座して頼んだら考えてやるよ。」
「………そうね…やっぱり無いわよね。」
モイヒェルが嫌そうに被せてきた腹立たしい内容に苛立ちを覚えたが、自分も聞かれたら似た様な返答を告げるに違いないと納得させ気分を落ち着かせる。
「で?今どんな状況なんだ?」
「口からでまかせで、ファーレ・テン・スヘスティー公将子息と想い合っていた事にして、今彼待ちよ。」
「おま!?………。」
面倒くさそうに現在の状況を聞かれ、投げやりに簡単に説明すると呆れ果てたのか一言呟きモイヒェルは両手で顔を覆い天井を仰いでしまった。
「去年から毒蛇に噛まれた時に助けられた恩があるからって付きまとわれていたのを思い出して言ってみたのだけど、厳しいわよね……。」
「……もう何とも言えないな。」
視線は変わらず上を向いたまま指を組んだ両手で口元を隠すように置き直すと何処か強張った声をしているが否定はしてこないモイヒェルに少し救われた。
自分でも上手くいきそうに無い話しだと分かってはいたが、これで否定されたらもうこのまま彼らを見捨てて逃げたしてしまいたくなっていただろう。
「そうよね、もし話し合わせてくれたらそのままオクラドヴァニアとの婚姻を結べるのだけれど嘘ってバレたら2人共にスパーンって。」
「……スパーン…?」
「そうそう見事にスパーン。首だけ其々の家に帰されるのかしらね。」
「お前は?」
上手くいかなければどうなるのか伝えてみると上を向いていた視線がこちらに向けられ、顔も知らない相手を心配してくれているのかと少しモイヒェルを見る目が変わったが、どうやら私の事を気にかけてくれていたらしいそれはそれで少し嬉しくなった。
「スパーンは無いだろうけれど一生家の地下牢に居ることになるのかしら?それか修道院か尼寺?」
「………別の相手と婚姻しないのか?」
「そうなるかもしれないけれど続けていくことは無理かも知れないわね。オクラドヴァニア様には触れられても平気だったけど他の人では難しいもの。」
スヘスティー公将家を巻き込んでの嘘だとバレたら流石に父も庇えないだろう。
もしお咎めなしと相手が言ったとして次の相手は父が勝手に決めてくるのだろうか、それともまたお見合いを繰り返す日々に戻るのかは分からないが、あの頃の日々を思い出すと自然と両手で身体を守るように抱きしめ自嘲してしまう。
もう一度あの日々に戻るくらいならば自由は無くとも誰とも婚姻を考えずに済む場所にいられる方が喜ぶべきだろう幸せな地獄かもしれない。