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9歳を過ぎた頃手に入った新しい植物を見に行かないかと父に誘われ、伸ばされた手を握り一緒に屋敷の庭へ向かうと突然知らない同い年位の暗めな赤紫の髪を撫でつけ艶のあるネイビーの礼服を着た少年がお茶を飲む席に連れていかれた。
「ボイティ、こちらはアルカルデ子将家ご子息のエンプレアード君だ彼の父上とは懇意の仲で、今日は彼の父であるアルカルデ子将家家長が話しがあると我が家に来ているのだが、届け物もあり一緒に来られたそうだ。」
(これは!?お父様に諮られた!!!)
「ボイティ嬢初めまして。」
「……エンプレアード様初めまして。」
アルカルデ子将家の執事により椅子を引かれ立ち上がったエンプレアードと言う少年から名を呼ばれ挨拶と礼を受けてしまい、これはもう無視できないと父の手を離し相手へ引き攣る顔で笑顔を作り挨拶と礼を返した。
「ボイティ父はこれから彼の父上と話しをする為に応接室に向かうが、終わるまでエンプレアード君の話し相手になって欲しい。頼めるか?」
(お父様ったら…、この期に及んでなんて分かり易い嘘を吐くのかしら。……嫌です。)
こちらに向けてくる眼光鋭い父の笑顔に生暖かい瞳の笑顔を向けて応戦し、言葉にする事なく拒否を伝えた。
(……は?!……でも此処で逃げたら……う〜ん……鬼ぃ様よりはこちらの相手をする方がまだ耐えられるかしらね…。)
が、その数秒後待ち受けているかも知れない兄の部屋での小言が頭を過り、どちらを耐えるか考えた結果頭の中に浮かんだ天秤は目の前にいる相手に傾くと父に向けて頬を上げた笑顔を作り直しこの戦いから身を引いた。
「分かりましたわ、お父様。」
そう伝えると安心した様な父からエンプレアードに顔を向けて深く礼を取り直す。
「エンプレアード様、私余り世情に詳しくありませんのでお話しに付いていけるか分かりませんが、それでも宜しければお相手を努めさせて頂きます。」
「ボイティ嬢、僕もそんなに詳しくありませんし、それに本日はエクソルツィスムス子将家家長様が探されていた牙持蘭を父と共にお持ち致しましたので何処に植えるかご相談させて頂けませんか?」
(牙持蘭?!…新しい植物に関しては嘘を吐いた訳ではなかったのね…。)
本に書いてあった丸みのある白い花弁の其々2ヶ所だけが斑な赤色に変化して伸び、まるで捕食後の牙が生えてるかのように見える花を父に強請ったのが何時かはもう忘れたが、その珍しい花が庭園に植えられるのかと思えばお茶会は兎も角その話しだけはとても魅力的で緩む顔を抑えられなかった。
「それは是非!とても楽しみですわ。」
「……そうですね…。」
何故か顔を赤らめた相手を不思議に思いながらも思惑が透けて見える席に着き、お茶を飲みながら相手との話し合いによって決めた場所に呼んだ庭師のジャルディーと共に移動して、夕暮れの雲のような斑な赤茶色い綿毛の花を咲かせる螺巣雲の横に今から植え変えて欲しいと伝えた途端難しい顔になった。
「お嬢様場所は宜しいかと思いますが、植替え作業は庭の土壌と花を確認してからでないと進められませんので直ぐには難しいですね…。」
「……そうなの?…なら今日は見れないのね…。」
(はぁ……螺巣雲の隣に並ぶ牙持蘭……楽しみにしていたのに…もう部屋に戻りたいわ…。)
「…お嬢様…今日はこのままご子息様をこの屋敷近くの庭園を案内して差し上げては如何ですか?珍しい植物も多いのできっと喜ばれると思いますよ。」
「………そうね。エンプレアード様ジャルディーが言うようにこのままお庭の散策等は如何ですか?」
落ち込む私を見て困った顔のジャルディーに違う方向で気を使われ、もう部屋に戻りたくなった気持ちを抑えてエンプレアードにジャルディーの提案を聞いてみた。
「それはとても楽しみですね!是非案内をして頂きたいです!」
何やら嬉しそうな顔で答えてきたエンプレアードを父達が迎えに来る時間まで付き添いの執事と侍女と共に案内しながら庭園で過ごした。
「ボイティ、エンプレアード君とは仲良くなれそうだったかい?」
アルカルデ子将家の馬車を父と共に見送った後に何となく機嫌の良さそうな弾む声で問い掛けてきた父に生暖かい瞳で笑顔を向ける。
「……お父様、以前お話しをしたように私は誰とも婚姻をする気はございませんので、もうお茶会には参加したくありません。エンプレアード様にはお断りをお伝えして下さい。」
「…?!………分かった…そう伝えよう。」
変わらない意思を伝えはっきり断ると、一瞬驚いた後悲しそうな表情になった父は了承を口にして1人私室へ向かう姿に安堵したが、その日を境に何故か様々な相手と顔合わせのお茶会が開かれるようになった。
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「お父様お相手の方にお断りのご連絡お願い致します。」
あの日から数年が経ちもう相手の名前すら覚えようとしなくなった顔合わせのお茶会は開かれ続け、終われば毎回父に断りを告げに執務室に行くのが決まった流れとなっていた。
「……次のお相手との日程は侍女に伝えてある。」
「……失礼致します。」
そんな私にもう慣れた父は一瞥すると諦めること無く探してきた次の相手との顔合わせがある事を告げてくるのを聞き不満に思いながら執務室から出た。
(顔を潰す訳にもいかないから取敢えず逃げ出さないけれど、お父様もそろそろ諦めて下されば良いのに。)
また開かれるお茶に憂鬱になりながら部屋に続く通路を歩き戻ると部屋の前でティーセットを用意した侍女が声を掛けてきた。
「お嬢様、次の日程を伝えに参りました。」
「………。」
扉を開けられ中に入る様に促され白を基調とした部屋に入り椅子に腰を掛けると先にお茶の用意を始めた侍女に視線を向けて話し掛ける。
「ラヴーシュカ…、貴女替わりに出ない?」
そう微笑めば、いつも通り困った表情で微笑みを返し目の前に用意したお茶を置いてくれた。
「毎回とても面白い提案ですが、お断りさせて頂きます。」
「そう…。」
今回も駄目かと少し落ち込みながら、その後に続く日程を聞き流しながらお茶を一口飲んだ。
「では、失礼致します。」
「ラヴーシュカ……気が変わったら教えて頂戴。」
日程を伝えた後下がろうとした少し年上の侍女の背に何故か分からないが、そう声を掛けると驚いた表情の後苦笑いをして出て行った。
「ボイティ嬢、初めまして。」
「初めまして。」
そして当日を迎え何十人目かの相手といつものように事務的な顔合わせのお茶会が始まり、何かを話し庭の案内を終えて共に屋敷に戻ると、珍しく玄関ホールに居た父は私は面識が無い父と同い年位の年配の男性と話しをしていた。
(お茶会の日にここに居るなんて珍しいわね…。)
いつもならお茶会相手の見送りをする事なく執務室に籠って仕事をしている筈の父が何故玄関ホールにいるのか疑問に思ったが、直ぐに入って来た私達に気が付き手を上げると嬉しそうな表情を向けて来た。
「ボイティ丁度良かった。今こちらで話しが決まった所だったのだ。」
「一体どの様なお話しですか?」
「この度両家の話し合いにより2人の婚約が決定した!!」
上機嫌な父により既に両家の話し合いによって婚約が決定したことを告げられた。
「!!!???」
「こちらが婚姻後お前の義父君となるお方だ。」
父に伝えられたあまりにも突然すぎる話しに異を唱えようとしたが、思っていたよりも衝撃が大きく声を出せずに固まっていると、父から先程まで話していた顔合わせ相手の家長に紹介され、どうせ断るからと何時も通り聞き流していた相手の家名をその時初めて認識した。
(候将家…なん?…あり得ないわ!!)
決められた相手はよりにもよって自分の家よりも遙かに上の家格の名で、何故そんな相手と顔合わせをする事になったのか疑問を覚える程だった。
(この場の決定に私が何を言っても無意味ね、出来るとしたら…。)
チラッと横目で確認した父の話しを黙って聞いている相手も急な話しに異論があるだろうと思いその言葉を待った。
(貴方だって嫌よね!お願い断って頂戴!)
「……突然の事で驚いておりますが、両家同士で決定したとはいえ明日正式にボイティ嬢に婚約を申し込みに参ります。」
「おぉ…そうか、分かった。ボイティ未来の旦那様は素晴らしい方のようだ、良かったな。」
「………。」
意外にも相手は婚約の決定を承諾し、尚且つ家同士の話しではなく其々の意思で決めたかの様な婚約を結ぼうとしてきた事に目眩を感じた。
「ボイティ嬢お嫌でなければまた明日伺います。宜しいでしょうか?」
(家で勝手に決められたものより解消が難しい条件なんて宜しい訳ないじゃないのよ!!)
「……はい、お待ちしております。」
相手の問いかけにもう両家で決まっている婚約への答えは心の声とは裏腹な了承しかなかった。
(聞かれた時に嫌だと伝えれば良かったのに!!でもあの場では言えないわよ!お父様だって何故今になって私の意思を無視するような婚約を勝手に!!!)
婚約者に決まった相手が帰った後は上機嫌な父により豪華な晩菜が用意されたが、全く湧かない食欲に1人先に部屋に戻ると伝え、寝室に引き籠もってはやりきれない怒りに枕を投げ散らかしていた。
「はあ、はあ、はぁ、はぁ、はぁっ。」
(不味い状況になったけれど、直接伝えずに相手に伝わるようにすれば、難しくてもまだ解消される可能性は残っている…わよね?でもどうやって?)
怒りが落ち着き疲れを感じ始めた身体をベットに預けると残り1つなった枕を抱え込むように抱きしめ、決定した婚約の早期解消を目論み考え始めたが良案は全く思い付かなかった。
(う〜んよく分からないけど…本に書いてあった様に冷たくすれば伝わるかしら…?)
この婚約が不満だと相手に伝わり易いように最近物語で読んだ登場人物の様に取り敢えず無表情で冷たく接することを決め、顔を合わせる度に実行に移す事にした。
途中が消えてしまっていたので再度投稿します。