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「お嬢様オクラドヴァニア様がいらっしゃいました。」
「…わかったわ。ありがとう。」
「明日の宴席の人数……!…!………」
「金糸鳥が描かれた……!…!…」
オクラドヴァニアを出迎えた家令の一人からもう間もなく到着すると声をかけられ、思い出に浸っていた意識を戻すと、先程まで気が付かなかった遠くから響いてくる声に、明日の準備が予定より進まず余裕を無くした新人の家令達が屋敷の至る所で大声を出し焦っている姿が想像できた。
(……やはり今日は断ればよかったかしら?)
本来ならお茶会はこんなに慌ただしい日ではなく卒業後の少し落ち着いた日の予定だったが、先週のお茶会日に卒業式前日に渡したい物があるとオクラドヴァニアから来週の日程を変更出来ないかと申し訳なさそうに伝えられた。
卒業式で身に着ける衣装の最終確認の予定で準備に忙しくなると事前に伝えてあり、お飾りの婚約者の事など気にしなくてもと断りを入れようとしたが、相手の体裁もあるのだろうかと悩み了承を伝えたがやはり当日になって少し後悔した。
(相手も予想はついているでしょうから、多少屋敷内が騒々しくても構わない?わよね…。)
お茶を一口飲みソーサーに置いて椅子から立ち上がり婚約者を出迎える体制を整えると、東屋に到着して中に入って来た彼は鍛えた体躯を深い緑色の礼装で包み、濃い茶色の髪は後ろに流し固めいつもより洗練された雰囲気で現れた。
(?何故今日は軍服ではないのかしら……。)
「オクラドヴァニア様ようこそおいで下さいました。どうぞおかけ下さいませ。」
ジャケットの礼装は好きでは無いと軍服で来る彼のいつもと違う様子に小さな疑問を感じたが、いつも通りオクラドヴァニアに礼をして向かい側の椅子を勧める。
「あぁ、ありがとう。バレット、終わるまで外にいてくれ。」
付き添っていた彼の家の家令から布に包まれた品を受け取る姿を見て、義母に何か言われたのだろうと服装について納得し彼の家の家令に部屋から出ていく様に告げて椅子に腰を掛けたのを確認してから椅子に座り、お茶を用意した家令達も下がると東屋には2人だけになる。
「暑い日々が終わり季が変わるこの頃お変わりなく良き日々をお過ごしでしょうか?」
「ああ、変わり無く。君も良き日々を過ごせていたか?」
「はい、変わりなく過ごしております。本日は隣国の紫萄で作られたお茶をご用意致しました。」
短い挨拶を交わしお互いお茶を一口飲みソーサーに戻すと、オクラドヴァニアは家令から受け取った布に包まれている少し大きめな品を取り出しテーブルに置いた。
「少し甘味があるがすっきりとしていて飲みやすいな。」
「ええ、茶葉に使用されている果実には身体を温め整えてくれる作用があるそうです。まだ流通はしてはおりませんがこれから流行るのではないかと先週グラース公将家夫人のサロンに伺った際にお土産として頂きました。」
「そうか、君のお陰で素晴らしい景色の中で珍しいお茶を頂く機会に恵まれた。」
「そう言っていただけますとこの場所でお茶を用意した甲斐がございます。」
お茶をまた一口飲み外の風景を眺めているオクラドヴァニアの口元が少し綻ぶのが見え、東屋から見える景色とお茶を気に入ってくれた様子に少し嬉しさを感じて同じ様に外を眺める。
「今日は忙しい中予定を変え時間を割いてくれて感謝する。これを君に渡して置きたくてな。」
外に目を向けていたオクラドヴァニアは向き直ると、持ってきた品を少し緊張した面持ちでテーブルの上を滑らせるように目の前に置いてきた。
「ありがとうございます。開けてみてもよろしいですか?」
「あぁ…。」
目の前の包んである布を広げていければ雲と鳥があしらわれたよく知る紋様の化粧箱が現れた。
「まぁ!フリーデンで誂えて下さったのですか?」
「あぁ、そうだ。」
少し驚き化粧箱からオクラドヴァニアに視線を移し問いかけると少しも動揺する事無く頷く姿に、彼が自ら注文した物の様だった。
(この反応はあちらのお義母様が勝手に注文したわけじゃ無さそうね。まるでちゃんとした婚約者への贈り物みたいだわ…どうしたのかしら?)
「オクラドヴァニア様は服飾店が苦手だと仰っていましたので少し驚いてしまいました。」
その紋様は隣国で3年くらい前に創業したオーダーメイドの服飾店のもので、夜会で流行を発信したドレスを仕立てた店の品だった。
(オクラドヴァニア様からの贈り物で身に付けるものは初めてだわ…。)
商品は全て質が良く入手困難な素材でオーダーをしても他の店より早く仕上がり、衣装と一緒に装飾品や小物もオーダー出来ると社交の回数が多く流行を作り出したい様々な国の貴族女性の間で瞬く間に広がっていた。
(大きさからしてドレスではなさそうだけど何が入っているのかしら。)
競うように珍しい品での注文が増え続け近年はとても良いお値段のお店と噂になり身に付ける事が一種のステータスになっていた。
「……これは1年程前に注文していた品だ。漸く質の良い物が手に入り出来上がったとの知らせを受けて先週受け取りをしてきた。」
「まぁ…1年も前からお願いして下さっていたのですか?」
「本当ならもっと早くに出来上がると思っていたのだが、遅くなってしまったので卒業用のドレスと合わなければ別の、何か機会があった時にでも付けてくれ。」
そう真剣な表情で答えてくれた彼に見もしない品に何と答えたら良いのか分からずその言葉を濁すために微笑み化粧箱に再度視線を移して何が入っているのかと少し緊張しながら開けてみる。
(…これは……予算お幾らで頼んだ物なのかしら…。)
中には清らかな川を思わせるの薄い青色の流水晶と雄大な大地を思わせる艶のある赤褐色の燈楼瑪瑙が埋め込まれたネックレスとイヤリングと髪飾りが納められていた。
「……とても素敵な品をありがとうございます。私明日の卒業式に必ず付けて参りますわ。」
お互いの瞳の色を模した最高級の石で出来た装飾品に色々な意味を含めてお礼を伝えると、その様子を静かに眺めていたオクラドヴァニアは急に襟を正し真剣な表情になった。
「……ボイティ…以前から尋ねてみたいと思っていたのだが、君はこの婚姻に不満は無いのだろうか?」
(今!?!?)