初めて付き合った彼女から告白された
「ねえ、答えて」
彼女がそう笑いかけた。いつもなら見惚れてしまう素敵な笑顔だったが、今日は違っていた。
「陽介君はどうするの?」
今日の彼女の笑顔は美しく、そしてどこか恐ろしさも孕んでいた。
俺は言葉を捻り出そうとした。しかし、縫い付けられように口は開かなかった。
「ねえ、答えて」
彼女は再三俺に問いかけた。窓の外は大雨が降っており、部屋の中でも聞こえていたが、それよりも彼女の声の方が俺には大きく聞こえた。
どうしてこうなったのだろう。俺はどうするべきだろうか。
俺の名前は浜坂陽介。大学2年生だ。
地元から離れた大学に進学した俺は学生生活を満喫していた。友達ができ、単位をちゃんと取り、遊び回った。そんな俺にある時、運命の出会いがあった。
桜が散っていき、大学2年目の生活にも慣れてきた頃だ。
その日、俺は講義が始まるギリギリに講義室に着いた。講義室の中はほとんど席が埋まっていた。
俺は空いている席を探しに講義室を歩き回った。そして、席が空いていることに気づいた。
その隣には女子が1人で座っていた。彼女は大学生にしては背が小さめで、一瞬中学生と見間違えそうだ。
髪は肩ぐらいの長さで切り揃えられ、目がくりっとして可愛らしい顔立ちをしていた。彼女は無表情でスマホを覗き込んでいた。
周りを見渡してみても、どうやら空いている席はここしかないようだった。俺は意を決した。
「隣、いいですか?」
俺の声が聞こえたのか、彼女は俺の方を振り向いた。大きな瞳が俺を捉えた。
「どうぞ」
彼女はそう小さく返事をすると、再びスマホに視線を戻した。
「どうも」
俺は軽く頭を下げて、椅子に座る。学年が分からなかったので、思わず敬語で話しかけてしまった。
講義の最中、俺は気づかれないように隣の席の彼女をチラチラと見た。見覚えがないから俺とは違う学部の人だろう。
あまり見るとキモいと思われるのでやめようと思ったが、何故か俺はその子から視線を外せなかった。
講義は終わり、教授が教室から出ていくのを皮切り、何人かの学生が席を立った。
横にいる彼女も机の上に広げていた筆記用具やノート、教科書をバックにしまうと、席を立ち、歩き出した。
俺も教室から出ていこうとしたところ、何かが視界の端を掠めた。ふと横を見ると、机の上にボールペンが置いてあった。俺の物ではないため、必然的に先程まで隣にいた彼女の物だろう。
俺はボールペンを手に取った。飾り気のないシンプルなデザインだった。
俺は彼女が行ったと思われる方向に歩き出した。少し小走りをして、前に行く人々を追い抜いていった。
建物を出て、周りを見回した。すると目当ての人物は見つかった。その身体的な特徴で探しやすかった。
「あの」
俺は前を歩く彼女に近づいて、声をかけた。まるでナンパだと何となく思った。
「何ですか?」
彼女は俺の方を振り向いた。その顔は教室で見たのと同じ無表情だった。
「これ、落としましたよ」
俺は彼女にボールペンを差し出した。彼女はそれをじっと見つめた後、やがて俺の手からペンを取った。
「ありがとうございます。子供の頃、親からもらった大切なものなんです」
そう言って、彼女は柔らかく笑った。その笑顔を見た瞬間、俺の心臓の鼓動は早くなった。
まるで氷が溶け出して、春の若い新芽が出てきたような暖かさに俺は包まれた。
彼女はまた前を向いて歩き出した。その背中を俺は見つめていた。これが彼女、菖蒲凛知佳との出会いだった。
「なるほど、それで付き合うにはどうしたらいいかと」
俺の目の前で男子大学生が腕を組んでいた。彼の名前は見山祐樹。俺の友達である。
彼女と初めて出会った日の夜、俺は祐樹を誘って大学近くの居酒屋に来ていた。
「そうなんだ。女子からモテモテの祐樹なら何か知っているだろ?」
「何だよ、その言い方」
俺の言葉に祐樹は組んでいた腕を解いて苦笑していた。祐樹は清潔感溢れるイケメンで、気配りも上手のため、大学No. 1のモテ男だという噂もあるぐらいだ。
そんな彼に俺は彼女、菖蒲さんと付き合うにはどうしたらいいかと相談していた。
ちなみに、菖蒲さんの名前を聞いたのは祐樹からだ。俺が彼女の特徴を色々と話したところ、祐樹が思い当たった。何でも女子の友達から聞いたらしい。
「俺よりも女子に聞いた方がいいんじゃないか?陽介も相談できる女友達がいるだろ」
「こんなことを相談できる友達なんてお前ぐらいだよ。俺の昔のことを知っているからな」
俺が何気なく言うと、察した祐樹はあーと声を漏らした。
今でこそ大学生活を謳歌している俺だが、実は大学デビュー組なのである。
高校までの俺は、漫画やアニメ、ラノベ等が好きという典型的なオタクで、女友達はおろか喋る友達が1人もいないという有様だった。
そんな俺は折角地元から離れた大学に受かったのだから、変わろうと決意した。二次元で触れていた青春を俺も歩みたいと思ったからだ。
大学に入学するまでに、ファッションやコミュケーション術を必死に勉強した。その甲斐あって無事に大学では夢見た青春を過ごしていた。
もちろん、祐樹以外の友達には俺の過去について話していない。こいつには俺のある不注意がきっかけとなり、過去がバレてしまい、白状したのだ。
「まさか陽介が女子と一度も付き合ったことがないって聞いたらみんな驚くと思うよ」
「おい!それを言わせないように仄めかしのに台無しじゃないか!」
今、こいつが暴露したように俺は彼女ができたことは一度もない。
大学デビューから1年が経ったが、未だにお付き合いするというまでは至らなかった。
「でも、仲良くしている女の子は何人もいるよな?どうして付き合うってならなかったんだ?」
「いや、だって、そういう気持ちにならなかったんだよ。付き合うならやっぱり本当に好きな人がいいだろ」
一度も付き合ったことがない俺は、付き合うというのはお互いちゃんと気持ちが通じ合っているべきだと思っていた。ちょっと試しに付き合ってとか友達感覚でいいからといった考えは俺には受け付けなかった。
「何だか真面目だな」
「うるさい!俺だって自分が夢見ていることは分かっているよ!」
苦笑する祐樹に俺は反論した。散々平面の世界で様々な恋模様を見ていたのだ。俺もそんな恋をしたいと思っている。しかし、今まで俺は誰かに恋するということはなかった。
「それで」
脱線してしまった話を戻そうとしたのか、祐樹は切り出した。
「今度の菖蒲さんは違うってことだな?」
「ああ、そうだ」
こうして目を閉じると菖蒲さんの姿が浮かんでくる。クールな表情でスマホを見つめていたこと、真面目な顔で講義を聞いていたこと、何より俺からボールペンを受け取った時の笑顔は強烈に俺の脳裏に焼きついている。
「お前、気持ち悪い顔をしているぞ」
そんな想像をしている俺に祐樹は呆れた顔を浮かべていた。
その後、俺は祐樹から色々とアドバイスをもらった。居酒屋から出る時(俺の奢りだった)、彼から上手くいったらダブルデートをしようなと肩を叩かれた。祐樹には近くの女子大の彼女がいる。羨ましい。
祐樹のアドバイスを元に俺は菖蒲さんと付き合う作戦を開始した。まずは、彼女と仲良くなるのだ。
俺はすぐさま菖蒲さんに告白しようとした。恋愛は早い者勝ちだと二次元から学んだからだ。
そんな俺に祐樹からちょっと待てと肩を掴まれた。いきなり告白したら間違いなく向こうは困惑する。まずはお互いのことを知ることが大事だと彼は言った。
確かに、俺は菖蒲さんのことは名前以外何も知らない。いや、とても可愛いということは知っている。
逆に菖蒲さんは本当に俺のことを知らない。精々ボールペンを拾ってくれた男子大学生Aとしか認識していないだろう。俺は彼女のことを知ろうと思ったし、俺のことを知ってもらおうと思った。
菖蒲さんと仲良くするにはどうしたらいいか。まずは話をすることだ。話をすることでお互いのことをよく知ることができる。
菖蒲さんには話しかけるにはどうしたらいいか。俺は知恵を振り絞って考えた。
一週間後、俺は講義室の前まで来ていた。俺が恐る恐る講義室に入ると、想定通りの景色が広がっていた。学生で一杯だった。
俺が考えたのはもう一度菖蒲さんの隣の席に座るというものだ。隣の席になれば何かしら会話が生まれるはずという運と希望を詰め込んだ作戦だ。
俺は講義室を見て回った。そして、菖蒲さんを見つけた。彼女の近くに行くと、なんと奇跡的に彼女の隣の席が空いていた。俺の心臓は高鳴った。
「ここ、いいですか?」
俺は初めての時と同じように隣の席の彼女に話しかけた。スマホを見ていた菖蒲さんはこちらを向いた。
「いいですよ」
そう言って、何でもないようにスマホに視線を戻した。俺はお礼を言って席に座った。講義の最中、彼女に何と話しかけようかずっと考えていた。教授の話は一切聞いていなかった。
「この前はボールペンを拾ってくれてありがとうございました」
講義が終わり、菖蒲さんに話しかけようと決意を固めていると、彼女の方から話しかけてきた。
「え?い、いや、あれぐらい何でもないよ」
俺は話しかけられた衝撃で、慌ててしまった。講義中に考えていた会話のシミュレーションは彼方に吹き飛んでいた。でも、折角のチャンスだ。無駄にはしたくない。
「俺は浜坂陽介。2年生だ。君の名前は?」
俺は自己紹介をし、彼女の名前を尋ねた。もちろん、祐樹から名前を聞いているが、まさか他人から名前を知られていると彼女が知ったら気味が悪いだろう。だから、不自然にならないように名前を尋ねたのだ。
「私は菖蒲凛知佳です。同級生だったのですね」
俺はこの時衝撃的事実を知った。彼女は同学年だったのだ。小柄な体型から後輩だと思っていた。
「そうなんだ。じゃあ別に敬語じゃなくても大丈夫だよ」
俺の言葉に菖蒲さんは少し考え込み、俺の顔を見た。
「分かった。そうするね」
そう言った。敬語の彼女も素晴らしいが、タメ口の彼女もまた素晴らしい。彼女との距離がグッと縮んだ気がする。
こうして俺と菖蒲さんは知り合い、会ったら話しをするという関係になった。まずはお友達からだ。
菖蒲さんと話すことで彼女のことを知ることができた。驚きだったのは地元が俺と同じなことだ。それも都道府県単位ではなく、市町村単位の話だ。だから、地元トークで盛り上がった。これは思わぬ収穫だ。
さらに家庭環境もよく似ていた。俺は小学校に入学する前に両親が離婚し、父さんに引き取られた。菖蒲さんも小さい頃両親が離婚し、片親に育てられたらしい。2人してお互い大変だったねと話した。俺は彼女に親近感を感じた。
その後も、2人で食事に出かけたり、映画を観に行ったりもした。誘うのはもっぱら俺からだが、菖蒲さんは断ることはせずに俺の誘いに乗ってくれた。
そんな状況が3ヶ月ほど続き、夏休みに入る直前のことだ。
その日、俺と菖蒲(この頃からさん付けはしなくていいと彼女から言われた)は遊園地を訪れた。
ジェットコースター、フリーホール、お化け屋敷など様々なアトラクションを回った。俺も彼女も絶叫系が大好きだったから楽しかった。
メリーゴーランドで菖蒲は前に、俺は後ろにという配置で作り物の白い馬に跨った。メリーゴーランドで回りながら彼女の楽しそうな顔を見て、俺はこの日しかないと決めた。菖蒲に想いを伝えるのだ。
最後はベタに観覧車に乗った。告白するシチュエーションはちゃんと考えろよと祐樹には言われていたが、俺にはこれしか思いつかなかった。
「今日は楽しかったね」
観覧車に乗り、今日初めて2人きりになった時、菖蒲が言った。
俺としては2人きりという状況とこれから告白するということで体が震え、手には汗が出てきた。
「浜坂君、怖いの?」
俺の様子を高いところに怖がっているのだと勘違いした彼女が俺の顔を覗き込んでいた。彼女の大きな瞳の中に俺がいた。
「ま、まあな。そんなところだ」
俺は上手い言い訳が思いつかず、咄嗟にそんな嘘をついた。
「実は私も怖いの。そっちに行ってもいい?」
「え?」
俺の返事も聞かず、今まで向かい合って座っていた菖蒲が席を立ち、俺のすぐそばに座った。初めて会った時よりも近くに彼女がいる。
「あ、菖蒲?」
「いいでしょ?」
菖蒲は首を傾げていた。何がいいか分からないが、どうでもいいかと思った。
今しかないと思った。
「あのさ!」
俺は自分で思ったよりも大きな声を出してしまった。菖蒲は俺の声の大きさに思わず俺の顔を見た。
「どうしたの?」
彼女が俺を見ていた。今は俺だけを見ていた。
「あのさ」
「…」
「えーと」
言葉が出てこなかった。今日告白しようとは家を出る時から考えていたが、いざ言おうとすると何も出てこなかった。
「ゆっくりでいいよ。私は待ってる」
菖蒲は優しく微笑んだ。初めて見た時、俺が目も心も奪われた笑顔だった。その笑顔を見て俺は勇気が湧いた。
「俺、菖蒲が好きだ」
「…」
彼女は微かに目を見開いた。目の前の彼女がどう思っているのか分からない。それでも俺は続きを言おうと思った。
「だから俺と付き合ってください」
俺は彼女の顔を見つめて言った。彼女は無表情だった。彼女が何を言うのか俺は聞き漏らすまいと耳に意識を集中させた。
「そうだった…」
しかし、帰ってきたのは思った反応とは違ったものだった。そんな菖蒲はまるで大事のことを言われて思い出したような顔をしていた。
「私たち、まだ付き合っていなかった」
「え?」
俺は菖蒲の言葉に混乱した。え、どういうことだ。『私たち』『まだ』『付き合っていなかった』。彼女の言葉を一句ずつ噛み砕こうとした。
「もう付き合っているものだと勘違いしてた」
菖蒲はふふっと可笑しそうに笑った。その笑顔も魅力的だが、それ以上に彼女の言葉に衝撃を受けた。
「えっと、つまり?」
「よろしくお願いしますってことだよ」
そう言って、菖蒲は俺に抱きついてきた。俺も抱きしめ返した。小柄な彼女は俺の腕の中にすっぽり収まった。
俺としては色々なことがありすぎて頭がパンクしそうだった。
「よろしく、菖蒲、いや凛知佳」
そんな言葉をようやく絞り出した。あと、ずっとやってみたかったことだが、彼女を下の名前で呼んだ。
「こちらこそ、陽介君」
凛知佳はそう返してくれた。俺は幸福な気持ちに満たされていた。
こうして、俺は大学2年目にして人生初の彼女ができた。
凛知佳と交際を始めたが、順調も順調だった。初めての彼女というのは上手くいかないと友達から聞いたことがあるが、そんなことはなかった。
何しろ俺と凛知佳は気が合った。好きな食べ物、好きな映画、好きなファッションなどどれもが一致していた。
凛知佳の前では変に力が入らず自然体でいられた。まるで長年一緒に暮らしている家族のようだった。
彼女ができた初めての夏休みは毎日が充実していた。一緒に海に行ったし、旅行にも行った。祐樹との約束通り、俺と凛知佳、祐樹と祐樹の彼女の4人でダブルデートに行ったりもした。
お盆に入り、実家に帰省する時もできるだけ凛知佳と一緒にいた。何せ地元が同じなのだ。2人して同じ電車に乗って、地元まで帰った。
実家に行くという凛知佳を見送りながらいつか凛知佳の実家に行きたいし、父さんに凛知佳を紹介したいと思った。
夏が終わり、秋が訪れても俺と凛知佳の交際は順調だ。大学の文化祭も2人で回ったし、紅葉を見に行ったりもした。
そして、あっという間に秋が終わり、冬が来た。街中がクリスマスモードに染まり始めたころ、凛知佳に異変が訪れた。
時折思い詰めた表情をすることが多くなり、どこかボーっとしていた。凛知佳曰く寒さで体調を良くないだけらしいが、それでも俺は心配だった。
そんなある日のことだ。凛知佳から家に来ないかと誘われた。家といっても下宿先のマンションだ。
しかし、俺は初めて女の子の家に遊びに行くため緊張していた。あまりの緊張に約束していた時間の1時間前にマンションに着いてしまった。
凛知佳は俺を迎える準備ができていないらしく、俺はマンションの前でしばらく待った。
「ごめんね。外寒かったよね?」
「別に大丈夫だよ」
ようやく凛知佳の家、つまりマンションの一室にお邪魔した。カイロを多めに持ってきてよかった。いや、そもそも時間を間違えた俺が悪い。
「はい、どうぞ」
「おう、ありがとな」
凛知佳が淹れてくれたホットコーヒーを飲みながら人心地ついた。凛知佳の部屋は整理整頓されていて、シンプルながらもクールな凛知佳らしい部屋だった。
凛知佳は俺にコーヒーを出した後は何も喋らなかった。俺としては沈黙もまた心地いいものだが、彼女はどこか様子がおかしかった。
俺の方をチラチラと見ていたり、かと思えば何度も座り直したりしていた、
俺は凛知佳の様子を見て、もしかして何か言おうとしているのかと気づいた。何故なら告白する前の俺に似ている気がするからだ。
「あのね」
凛知佳は切り出した。この切り出し方も俺と似ているなあと心の中で感じた。
「えっと」
彼女はどう言おうか迷っているみたいだ。俺もあの時そうだったからだ。
「凛知佳、ゆっくりでいいよ。俺はここにいるから」
俺はあの時凛知佳が言ってくれたことをそのまま彼女に返した。俺はこの言葉に勇気づけられたからだ。
凛知佳は目を見開いた後、やがてふふっと笑った。久しぶりに彼女の笑顔を見たような気がする。その笑顔はとても可愛らしい。
「何だかあの時と逆の立場みたいだね」
「俺が告白した時か?」
「そうだよ」
凛知佳も同じことを思っていたみたいだ。
「私、ちょっとショックな事があって落ち込んでいたんだ」
彼女の顔は沈んでいた。俺はどうして凛知佳が落ち込んでいたのか聞きたかったが、踏み込まないようにした。彼女が話さないなら俺も無理に聞くべきではないと思ったからだ。
「でも、もう大丈夫。陽介君の顔を見たら安心しちゃった」
「安心?」
「うん。陽介君とならどんなことがあっても大丈夫だって」
凛知佳の優しく微笑んだ顔を見て、俺もまたホッとしていた。具体的な事は分からないが、凛知佳が元気になっているならばそれでいい。
不意にスマホの着信音が鳴った。凛知佳のスマホだ。
「お母さんだ。ちょっと電話してくるね」
凛知佳は立ち上がった。電話に出るため部屋を出ていくつもりだろう。
「別にここで電話してもいいよ」
暖房が効いている部屋から出てしまえば寒いに違いない。俺は凛知佳を引き止めようとした。
「ううん、大丈夫だよ。ここで待ってて」
そう言って、彼女は部屋から出て行った。もしかしたら、俺に聞かれたくない会話なのかもしれない。俺はそんなことを考えながら凛知佳を見送った。
この日以来、凛知佳は元気を取り戻した。元気になった凛知佳を見て俺も嬉しくなった。
そして、クリスマスの夜。俺と凛知佳は結ばれた。これまでよりもずっと彼女との距離が縮まった気がする。隣で寝ている凛知佳を見ながらそう感じた。
クリスマスが終われば、すぐに年末年始だ。お盆と同じように俺たちは実家に帰った。
俺は勇気を出して凛知佳の実家に遊びに行きたいと伝えた。しかし、凛知佳に断られた。なんでも親戚の家に行き、そこで年末年始を過ごすらしい。流石に俺も親戚の集まりにお邪魔するつもりはなかった。
いつか凛知佳と一緒に年末年始を過ごしたい。そう思いながら年越しした。
年が明けても俺たちの仲は相変わらずだ。思えば凛知佳と付き合ったのは7月だから、今月で付き合ってから半年が経ったことになる。彼女に告白したのが遠い昔のように感じる。
ある日、凛知佳にマンションに呼ばれた。彼女の家に行くのはこれまで何度も会ったので、俺はうきうきしながら向かった。
彼女の部屋で、凛知佳の手料理(とても美味しい)を食べたり、映画を一緒に観たりして過ごした。満たされている。
夜も更け、寝ようとした時、凛知佳が口を開いた。
「私、陽介君に言いたいことがあるの」
そんな意味深な事を言い出した。
「何だ?」
俺は何気なしに凛知佳に先を促した。
「私たちが初めて会った時のこと覚えている?」
「当たり前だろ」
今だって忘れはしない。講義でたまたま隣になった時のことだ。そして、忘れ物をした彼女を追いかけたのもちゃんと覚えているし、その時の笑顔だった一生忘れられないだろう。
そう凛知佳に伝えると、彼女はふふっと笑った。
「やっぱり覚えてない」
「え?」
凛知佳の言葉に俺は衝撃を受けた。紛れもなく俺の大切な思い出だ。
「違うのか?」
「うん。私たちはそれよりも前で会っているよ」
「え?」
俺は間抜けな声を出した。凛知佳と前に会っていた。そのことを必死に思い出そうとしたが、全く心当たりはなかった。
「ほら、前に絡まれていたのを助けてくれたでしょ?」
凛知佳の言葉に俺の頭の中である記憶が思い起こされた。
ちょうど1年前のことだ。俺はその日大学の構内を走っていた。寝坊をしてしまい、講義に遅れないように急いでいたのだ。
「やめてください」
どこからか女の子の声が聞こえた。俺は何となく放っとけなく、声のした方に向かった。
そこには一瞬中学生と見間違えるほど小柄な女子がチャラい男子大学生に絡まれていた。
女子は明らかに嫌がっている様子だった。気づけば俺は飛び出していた。
「あの時、私の手を引いてくれたのが陽介君だったの」
「そうだったのか」
俺は驚きで一杯だった。俺は女子の手を引いてチャラ男から引き離した。その女子は何やら言っていたが、講義に行かないといけない俺は生返事をして立ち去ってしまった。女子の手を取ってしまった恥ずかしさもあり、その子の顔もほとんど見ていなかった。
後から失礼な態度を取ってしまったと後悔していたのだ。そして、いつしか忘れてしまっていた。
「ごめん、今まで忘れてて」
俺は頭を下げた。まさか俺と凛知佳にそういう接点があるなんて夢にも思わなかった。
「ううん、私は気にしてないよ。でも、名前を聞いてなかったって後から気づいたの」
確かに俺は名乗った覚えがない。というか、何の会話をしたか覚えていなかった。
「だから陽介君のことを調べたんだ」
「え?」
俺は本日2度目の間抜けな声を出した。思わず凛知佳の顔を見る。
「友達に聞いたりしてね、私を助けてくれたのはどんな人だろうって。それで私を助けてくれたのは同級生の浜坂陽介君だと知ったの」
まさか凛知佳が以前から俺のことを知っていたとは驚きだ。
「新年度になって陽介君が同じ講義を受けていることに気づいた。それで、どうにか君と仲良くなりたいと思って色々考えたの」
そして、凛知佳は笑った。その笑顔はいつもの可愛さとは違い、どこか大人びて美しく見えた。
「ボールペンを忘れたのはわざとだよ」
「ええっ!」
俺は思わず声を上げた。今日1番の驚きだ。
「席が空いていたのも私が空けておいたからだよ。陽介君は講義が始まるギリギリで来ることが多かったから私の隣に座れるようにしといたの。ボールペンを置いといたのも私を追いかけてくれるかなって期待してね」
俺は空いた口が塞がらなかった。まさかあの日の出会いが凛知佳によって仕組まれたものだとは思わなかったからだ。
「それで陽介君とようやく話ができた。次の週の講義も同じように隣を空けたら陽介君は座ってくれた。私、本当に嬉しかった」
彼女はいたずらが成功したように微笑んだ。なんだか凛知佳の知らない一面を見たような気がする。
「ごめんね、今まで言い出せなくて。こんなこと知ったら陽介君がどんな反応するか気になっちゃって」
「いや、驚いたのは事実だけど」
確かに驚きはあった。あえて悪い言い方をすれば俺が運命的だと思った出会いは凛知佳の手によるものだったのだ。
「でも、全然嫌じゃないよ」
これは俺の本心だ。驚きはしたが、騙されたとか負の感情は全く湧いてこない。それどころか凛知佳のその作戦のお陰で俺はこうして彼女と付き合うことができたのだ。感謝をしているぐらいだ。
「良かった。私、ちょっとドキドキしていた」
「俺も本当に驚いたよ。凛知佳が裏で色々と考えているなんて」
「私、確信するまで情報は集めるタイプなの」
そう言って、凛知佳は笑った。そう言われると彼女はこういう一面がある。
どこかに行く時も事前に情報を調べて、万全の準備を備える。俺は凛知佳のそういうところは嫌いじゃなかった。むしろ俺のために色々と考えくれるのは好ましかった。
凛知佳からの告白に驚きの連続だったが、彼女の知らない一面を見ることができ、嬉しかった。
誰にだって秘密にしておきたいことはあるものだ。それでも凛知佳は俺に告白してくれた。それは俺を信頼しているように感じたのだ。
「それで去年の暮れは悩んでいたんだな」
俺はそう口に出した。凛知佳は先程のことを俺に言おうかどうか考えていたのだろう。俺はそう思い彼女に聞いた。
彼女はほんのわずか間を置いてこう答えた。
「うん、そうだよ」
そう言って、悪戯っぽく笑った。
新年も明けて1ヶ月が経った。バレンタインの日、凛知佳は俺にチョコケーキを作ってくれた。
女子から本命のチョコをもらうのは初めてだ。それも大好きな彼女からだ。俺は間違いなく幸せ者だ。これはホワイトデーを頑張らないといけないと決意を固めた。
そして、あっという間に期末試験は終わり、大学は春休みに入った。
3月はホワイトデーがあるし、何より凛知佳の誕生日が控えている。
彼女の誕生日は3月下旬だ。4月始めに生まれた俺とは対照的である。俺の誕生日を知った凛知佳はこう言っていた。
「私がもう少し遅くに生まれていたら私たちは違う学年になっていたね」
もし、凛知佳の言う通りだとしたら、こうして大学で出会うことはなくなっていたかもしれない。俺たちは2人してすごい奇跡だなと笑い合った。
そんな凛知佳の誕生日が迫っていた時のことだ。
俺の家の近くで遊んでいた俺たちは急な雨に降られた。雨宿りのため、俺の家、下宿先のアパートに避難することにした。
元々俺の家に行く予定はなかったので俺は慌てて部屋の中を片付けた。凛知佳を外に待たせるのも悪いので俺は急いで片付けを終えた。
凛知佳を中に招くと彼女は綺麗にしているねと笑った。掃除を頑張った甲斐があった。
「服、濡れちゃったよな。着替えてシャワー浴びるか?」
急な雨のため俺たちはびしょびしょになっていた。このままだと凛知佳が風邪を引いてしまうため俺はそう提案した。
「ううん、私よりも陽介君がシャワーを浴びて」
「え?でも、凛知佳だって濡れているし」
「だって私に上着を貸してくれたでしょう。私は上着のお陰であまり濡れていないし、陽介君の方が風邪を引いちゃうよ」
そう言って、俺にシャワーを譲ってくれた。俺は彼女の優しさに感謝し、できるだけ早く浴びようと思った。
急いでシャワーを済ませ、俺はリビングに戻った。
「悪い、待たせたな」
「ううん、待ってないよ。むしろ早いくらい」
凛知佳は俺の方を向いて言った。彼女のそばにはスマホが床に置かれていた。
「雨がすごいな」
俺は窓の外を見てそう呟いた。俺の家に入る時は普通の雨だったが、今はバケツをひっくり返したようなどしゃ降りに変わっていた。
「なんか全国的に大雨だって。私たちの地元でも降っているみたいだよ」
そう言って、凛知佳は俺にスマホの画面を見せてくれた。スマホの画面には天気アプリが起動していて、俺たちの地元の天気が表示されていた。天気予報のマークがあまり見たことない大雨のマークだった。
「へー、向こうも大変だな。父さん、大丈夫かな」
俺は地元で暮らしている父さんのことを考えた。雨で電車が止まったりしていないだろうか。
「そうだよね、陽介君の家の前なんて雨が降ったら水浸しになっちゃうもんね」
「そうなんだよ。家の周りって地盤が低いからさ、雨が降ったら大変で…」
ふと違和感に気づいた。俺はゆっくりと凛知佳の顔を見た。
「どうして凛知佳が俺の家のことを知っているんだ?」
俺は思わずそう問いかけた。凛知佳には家がどこにあるかを話したことはあるが、雨が降った時のことを話した覚えがない。
「あ、あれか?俺が忘れているだけで話したことがあるんだよな?」
俺は確認するように凛知佳に聞いた。俺と凛知佳が初めて会った時のように俺だけ覚えていない可能性がある。そうに違いない。
「ううん、お母さんから聞いたの」
しかし、凛知佳の返答は想像したのと違っていた。むしろより困惑した。どうして凛知佳のお母さんが出てくるんだ。
「陽介君」
凛知佳はふふっと笑った。いつか見た大人びた美しさを感じる笑顔だった。
「私、言いたいことがあるの」
窓の外は大雨が降っていた。
「お母さんが言っていた。昔住んでいた家は雨がたくさん降ると家の周りが水たまりになっちゃうって」
凛知佳は静かに語り出した。
「え?お母さんが昔住んでいた家?」
「そう。お母さんは離婚する前に今とは別の家に住んでいたんだって。私もそうだったみたい。覚えていないけど」
「その家の住所って?」
凛知佳が答えた家の住所に俺は耳を疑った。彼女の口から出たのは俺の実家の住所だったからだ。
「どういうことだ?俺の実家じゃないか」
一瞬、凛知佳たちが引っ越した後、俺たちが引っ越してきたのだと思った。
しかし、今の実家は父さんが若いころからずっと住んでいた家だと父さんから聞かされていた。俺と父さんが引っ越してきたのはあり得なかった。つまり、俺と凛知佳は同じ家に住んでいたことになる。
「あと、お母さんから結婚していた時の苗字を聞いたの」
俺は凛知佳が話すのをただ黙って聞いていた。
「浜坂って言うんだって」
俺の心臓は跳ね上がった。浜坂は近所だと俺の家だけだ。他にはいない。
「お母さんから昔のことを聞いたよ」
訳がわからず困惑している俺を他所に凛知佳の話は続く。
「私には兄がいるんだって。私は顔も覚えていないけど、とても仲が良くて別れる時私と兄は抱き合って泣いていたらしいよ」
俺は何も言えなかった。ただ凛知佳を見ていることしかできなかった。
「ここまで言えば分かるよね?」
凛知佳は優しく笑った。その笑顔から目が離せなかった。
俺と凛知佳は同じ家に住んでいた。凛知佳のお母さんと俺の父さんはどちらも離婚している。凛知佳のお母さんの旧姓は浜坂。凛知佳には兄がいるらしい。ここから導かれる結論といえば一つしかなかった。
「私たち、生き別れの兄妹だよ」
凛知佳は何でもないように言った。雨の激しく降る音が部屋に響いていた。
「そんな、そんなことは…」
俺は何とか言葉を絞り出したが、出てきたのは大した意味もない言葉だった。あまりの衝撃的事実に俺は息が荒くなった。
「陽介君も聞いたことない?自分に妹がいるって」
突如俺の記憶が呼び起こされた。ある日、酔っ払った父さんが口走ったことがある。俺には妹がいると。
俺は父さんを問いただしたが、酔っている父さんから碌な情報が得られなかった。後日、改めて父さんに聞いてみても大したことは聞けず、それっきり忘れていた。
「でも、俺たちは同級生だ」
そう俺と凛知佳は同じ年度の生まれだ。だから兄妹はあり得ない。そう言おうとした。
「同級生といっても、私と陽介君は誕生日が離れているでしょ。それも1年近く」
「あっ」
凛知佳の言葉に俺は声を上げた。俺は4月生まれに対して凛知佳は3月の生まれだ。確かにほぼ1年離れている。
「子供ってね、10ヶ月あれば産まれてくるみたいだよ。まあ、それでも普通は1年以内に続けて子供なんて作らないけど」
彼女は一旦言葉を区切り、そして微笑んだ。
「よっぽど私たちの両親は"仲良し"だったみたいだね」
そう何でもないように言った。
「そんな仲が良くても離婚するんだもん。不思議なことだよね」
凛知佳は笑っていた。その態度は実の兄と付き合っていたという驚愕な事実をさほど気にしていないみたいだった。
「何でそんな平然としていられるんだ?」
俺がそう尋ねると、凛知佳はすっと目を細めた。
「私も悩んだよ。覚えている?去年の12月頃、私の元気がなかった時のこと」
凛知佳の言葉に俺は思い出した。確かにあの時、彼女の元気がなかった。
「つまり、凛知佳は知っていたのか。あの時から…」
「うん、そうだよ」
凛知佳は首を縦に振った。
「陽介君の苗字にどこか聞き覚えがあったんだ。さらに夏休みに帰省した時、陽介くんの実家の住所も知った。これもどこか聞き覚えがあったよ」
凛知佳は続ける。手品のネタバラシをするみたいに語っていた。
「お母さんにも確認したよ。私の兄の名前やどこの小学校に通っていたのかとか。全部陽介君と一致したの」
「でも、それだけじゃ何とも…」
「そんなに疑うんだったら陽介君の、ううん、私たちのお父さんに聞いてみたら?それともお母さんに会ってみる?多分お母さんは陽介君のことを覚えていると思うよ」
凛知佳は何気なく言った。彼女の態度から嘘だとは考えられなかった。
「でも、やっぱり最初に知った時はショックだった。まさか付き合っている恋人が血の繋がった兄だったなんて」
凛知佳の顔が曇った。
「でも、陽介君を見て信じることにした。私たちの関係性が何であろうと私はこの気持ちに嘘はないって。たとえ兄妹でも好きことに変わりはないって」
彼女は胸に手を当ててそう宣言した。凛知佳は自力で立ち上がったのだ。未だ衝撃から立ち直れずにいる俺と違って。
しかし、それでも腑に落ちない点がある。
「どうしてだ?」
「ん?」
「どうして今告白したんだ?」
凛知佳は去年の12月に俺たちが兄妹だと知った。でも、今は3月だ。この数ヶ月の間があることが気になっていた。
「私も本当は言わないつもりだった」
凛知佳は俯いた。その表情は俺から見ることができない。
「お墓まで持っていこうと決めた。私は良くても、もし、陽介君が知ったらどういう反応をするのか分からなかったから」
そして、凛知佳は顔を上げた。その顔は優しく微笑んでいた。
「私、前も言ったけど確信するまで情報は集めるタイプなの」
そう言って、俺に近づいてきた。
「ねえ答えて」
彼女が笑っていた。初めて見た時から大好きなその笑顔で。
「陽介君はどうするの?」
その笑顔は美しく、そしてどこか恐ろしさも孕んでいた。
俺は言葉を捻り出そうとしたが、口は開かなかった。
「ねえ、答えて」
彼女は再三俺に問いかけた。窓の外の大雨よりも彼女の声の方が俺には大きく聞こえた。
「妹の私とこのまま付き合い続けるか答えてよ」
そう倫理的に引っかかる提案して俺に迫った。
どうしてこうなったのだろう。どうするべきだろう。
俺は答えを出せずにいた。体は震え、顔が熱くなってきたのを感じる。
俺は必死に答えを探そうとした。しかし、答えられなかった。
「ふふっ」
突然凛知佳は小さく笑い声を上げた。
「まあ答えなんて分かっているけどね」
「え?」
「陽介君はきっと妹を受け入れてくれるって」
俺の困惑を他所に、凛知佳はどこからか隠し持っていた本を取り出した。俺はそれを見て胸がドキリとした。
それはかつて俺の部屋に遊びに来た祐樹が見つけたものだ。祐樹からは絶対に女子から見つからないように隠しておけと言われたものだ。
凛知佳は本、ライトノベルを俺に見せてきた。その本は特に俺のお気に入りの一冊で、実家から持ってきたものだ。
「だって陽介君は実の妹に興奮するタイプだよね?」
彼女が手に持っている本は血のつながっている妹と交際をするライトノベルだった。
俺は無類の妹好きだ。漫画やアニメ、ライトノベルでヒロインに妹がいれば自動的に神作認定してしまうほどだ。
だから俺は妹という存在に憧れていた。俺のことをお兄ちゃんと呼んでくる姿を想像するだけで力が溢れてくる。
父さんから俺に妹がいると聞いて、俺は飛び上がらんばかりに喜んだ。今はどこにいるか父さんを問い詰めたところ、父さん曰く別れた母さんから面会謝絶されており、俺も妹に会うことはできないという。俺は妹と会うことができない事実に絶望した。そのため今まで妹がいることを忘れていたのだ。
「いや、それは、あの」
俺はしどろもどろになった。まさか凛知佳に俺の秘密がバレてしまうとは思わなかった。
「これはね、さっき見つけたんだ」
凛知佳はライトノベルを掲げながら言った。
「本棚にある漫画を読もうとしたら奥に何か本があることに気づいたの。引っ張り出したのがこの本だよ」
そういえば、昨晩、俺は久しぶりに読もうとと普段の隠し場所から取り出した。そして、隠し場所にしまうのを忘れてしまっていた。
「いや、それでも現実と二次元の区別くらいは」
「へえ」
尚も言い訳を繰り返す俺に凛知佳はニヤッと笑った。
「でも、陽介君、今、興奮しているでしょ?」
彼女からそう言われ、俺は言葉に詰まった。
凛知佳の言う通りだ。俺は付き合っている彼女が血のつながった妹だと分かり、気持ちが昂っている。あまりの興奮に体が震えて、顔が熱くなるのを感じる。
「それでも、法律とか倫理的に考えて」
気持ちは昂っていても、俺の頭は未だ冷静だった。実の妹と付き合ってはいけない。そんな理性が働いていた。
「私は決めた」
俺を遮って凛知佳は口にした。
「陽介君と付き合うためならそんなのどうでもいいって」
「いや、どうでもいいって…」
「だって、本当に陽介君のことが好きなんだよ」
凛知佳は幸せそうな顔をしていた。大きな瞳が俺を捉えていた。
「だから、陽介君も覚悟を決めて、私と一緒になって」
凛知佳は俺にどんどん近づき、そして、俺の首に手を回した。彼女の顔がすぐ近くにあった。俺は思わず目を瞑った。
「大好きだよ、お兄ちゃん」
その瞬間、俺の理性は崩壊した。
次の日の朝、俺はかつてないほど充実した気分に包まれていた。
昨夜の夜のことを思いだすと、ニヤけてしまうほどだ。それと同時にこれからのことを考えると頭が痛くなる。父さんや母さんへどうやって説明するか、結婚はどうするのか、遺伝子的に問題はないのか、考えることは山積みだ。
それでも生きていこうと思った。たとえどんな困難が待ち受けていようと、俺たちなら乗り越えられる。
「俺も大好きだ、凛知佳」
俺は隣で幸せそうに寝ている妹の頭を撫でながらそう呟いた。
誤字を修正しました。誤字報告下さった方、ありがとうございます。




